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2009年6月の5件の記事

2009年6月21日 (日)

テレビが壊れました。

  テレビなんて映ればいい。デジタル放送もエコポイントも関係ない、と思っていた矢先、長年愛用していたオリオン電機製・20型ブラウン管テレビデオが壊れました…。

 テレビって壊れないものかと思ってました。平成7年に高崎で一人暮らしを始めるときに買ったので、まだ14年した経っていません。うちの実家には、25年くらい前のテレビが現役で働いているというのに。

 ただし予兆はありました。ビデオ一体型の商品で、ビデオ部分はすぐに壊れました。テレビ画面も買った当初から色ムラがあり、最近は、画面の端っこが切れている感じで、字幕がはみ出していて読めないような事態になっていました。

 それでも、テレビなんてただ映ればいいと、買い替えなんて考えたこともありませんでした。

 ただ、まったく映らないのでは社会生活に支障をきたします。うちにテレビは一台しかないので買い替えることになりました。

 しかし、液晶テレビは、(最近は安くなったと言えど)かなり高額の買い物です。子供の教育上も壊れたからすぐに買うというのもよろしくないと思い、一週間程度ほっとくことにしました。

 そして、テレビなし生活から10日経った今日、やっと地デジ対応「世界の亀山モデル」!のテレビを買って参りました。高かったぁ~。

 だいたい、地デジを見るにはどうしたらいいかとか、全然知らなかったので、いろいろ店員さんに聞いて勉強になりました。もともとあんまりテレビみないので、子供たちもテレビなし生活をそんなに苦にしていなかったようですが、とりあえず、我慢した甲斐もあり、新しいテレビはうれしいです。

 うちでも地デジ映りました! 画面キレイ♪

 アナログで録画したビデオなんて、画像が粗くてもう見られない(古いビデオデッキとの接続なども苦労しました)。

 エコポイントだとか言って、いたずらに買い替え需要を煽るのはバカバカしいことだと思います。地デジにしろって、国をあげて強要するのも迷惑な話です。

 いくら国が後押ししても、地デジテレビは正直まだ高い。録画装置もブルーレイだとか、デジタルにすると、とてもとても手がでない。うちは仕方なしにテレビは買っちゃったけど、この買い替え圧力に白けている人も多いのではないでしょうか。

 それにしてもオリオン電機。海外メーカーだとばかり思っていたけど、念の為調べたら福井の会社でした。もっとタフな製品作ってよね。ずーっとアナログ放送見続けてやろうと思ってたのにぃぃ。

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2009年6月20日 (土)

「移動祝祭日」を読む

 ヘミングウェイ著「移動祝祭日」(高見浩訳・新潮文庫)を読む。

 ヘミングウェイは好きだ。あの文体は麻薬だ。読んでいるだけで心地よい。訳文でこれだけ面白いんだから、原語ではどんなんだろうと思うが、残念ながら英語で味わう能力はない。

 この訳者の高見浩氏が、また抜群にいい。高見浩訳で読んだ「ヘミングウェイ全短編」(全三巻)は、最高だった。よく愛読書は? なんて質問をされるが、そう何度も読み返す本なんてあまりないが、この短編集だけは、時おり手に取る。どこから読んでも面白い。

 「日はまた昇る」も高見訳と、別の人の訳を読み比べたけど、ほんのわずかな違いだけど高見訳のほうが断然いい。

 新潮文庫ではヘミングウェイが次々と新訳になっている。多分このあと「誰がために鐘は鳴る」と「海流のなかの島々」が高見の手で訳されるのだと思う。それが楽しみでしょうがない。

 「老人と海」は福田恒存訳が有名だが、福田ファンとしてはこのままでいい気がするが、高見訳も読んでみたいものだ。

 で、「移動祝祭日」。面白かったけど、別にお奨めしません。ヘミングウェイのパリ時代を回想した小説のような自叙伝のような、虚実ないまぜの青春記。さまざまな作品の創作にまつわる秘話や苦悩が描かれていて、ある程度ヘミングウェイを読んでないとまったく面白くないと思う。

 それにしても、「移動祝祭日」というタイトルが最高。

 扉ページにある一文。「もし幸運にも、若者の頃、パリで暮らすことができたなら、その後の人生をどこですごそうとも、パリはついてくる。パリは移動祝祭日だからだ」

 なんかわくわくする導入部だ。

 ちなみに古典的な福田陸太郎訳ではこうなる。

 「もしきみが幸運にも、青年時代にパリに住んだとすれば、きみが残りの人生をどこで過ごそうとも、パリはきみについてまわる。なぜならパリは、移動祝祭日だからだ」

 高見訳が洗練されています。

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移動祝祭日 (新潮文庫) Book 移動祝祭日 (新潮文庫)

著者:アーネスト ヘミングウェイ
販売元:新潮社
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2009年6月 9日 (火)

「ふれあい元気市」開催

 私の生まれ育った町・石橋町で、「町おこし委員会」なるものが結成され、このたび最初の町おこし企画としてフリーマーケット「ふれあい元気市」が7日の日曜日に開催されました。

 私も、実行委員として参加、楽しい一日を過ごしました。

 現在は石橋町に住んでいない私ですが、委員長を務める同級生のいなおか君に誘われまして、企画段階から参加させていただきました。

 行政区としての石橋町の運営ではなく、商工会とも別に、まったく独自に立ち上げた有志の会なので、すべてが手探り手作り。どうなることかと思いましたが、たくさんのお客様にお出かけいただき、大成功の催しものとなりました。

 町内の人からは、「町が元気になるよ」、「若い人が頑張ってくれてうれしい」など、たくさんの励ましの言葉を頂戴し、こっちが元気になった感じです。ご協力をいただいたご町内のみなさま、出店してくださったみなさま、そしてお客様に感謝申し上げます。

 参加メンバーは、今後も夏祭りなどいろいろな企画ができればと、意気があがっております。多くのボランティアのご参加をお待ちしております。

Furima1

▲地元有志のみなさんと。赤いエプロンが僕です。これから準備を始めます。

Furima2

▲10時開店。続々とお客さんが参ります。なかなかの賑わいです。

Furima3

▲本部席でくつろいでます。

Furima4

▲ノンアルコールビール片手に、姉の出店した店の留守番中。日差しが強くて大変でした。麦わら帽子必携です。

てなわけで、次回の企画をお楽しみに!

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※あくまで有志として参加いたしました。政治利用と言われるのを避けるため、ブログ内では事前告知や宣伝はいたしませんでした。本来お誘いしなければらない方にも、敢えてご紹介しない場合もありました。ご理解賜れればと存じます。

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2009年6月 8日 (月)

品田さんのこと

 5日の金曜日のことだ。ラジオのニュースから聞き覚えのある名前が飛び出した。

 藤岡の下久保ダム付近に車が転落する死亡事故があり、遺体が「しなだみつよし」さんだとして身元確認を急いでいるとの報道だった。

 「品田光美」さんだとすれば、よく知っているデジタルホーン奏者だ。御巣鷹山で鎮魂の演奏をすることをライフワークにしている品田さんであれば、下久保ダムのあたりを走っていても不思議はない。

 すぐに車を止め、藤岡署に電話をして確認してみると、どうやら私の知っている品田さんに間違いないようだ。

 品田さんを紹介して下さった諏訪さんに急いでお報せすると、愕然とした様子が電話越しに伝わってきた。今年の秋にコンサートを企画していて、すでにチケット販売を始めたところだという。これまでは別の仕事もしていたが、いよいよ演奏活動に絞って食べていこうと決意したばかりだったとのことだ。

 品田さんのコンサートをお手伝いしたことは、以前このブログでもふれた(デジタルホーンって知ってますか)。その後も、何度かお電話でやりとりをし、お互い世界は違うけれど世にでられるよう頑張りましょうと、淡いながらも存在を気にしあう関係だった。

 亡くなられたあとで知ったことだが、家庭生活は不遇であったようだ。ミュージシャンとしてもこれからという方ではあった。しかし、地道なコンサート活動や鎮魂演奏など、彼のやさしい生き方と人柄に多くの人が共感し、たくさんの人が彼を応援していたのも事実だ。諏訪さんによれば、彼を慕う人達が集まって、残された方々の交流も始まったようだ。

 「田島さんはきっといい政治家になります。私には分かります」と予言めいた物言いで激励して下さったことが思い出される。いつか慰霊登山にご一緒させていただきたいと思っていたのに…。事故とはいえ、志半ばで亡くなられ、残念でならない。

 心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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以下、諏訪さんが企画していたコンサートにもふれている新聞報道を転載します。

■品田光美さん死去 御巣鷹で鎮魂のデジタルホーン

 520人が犠牲になった日航ジャンボ機墜落事故の現場に、電子楽器「デジタルホーン」の優しい音色を響かせ、遺族の心を癒やしてきた前橋市広瀬町の品田光美さん(57)が死亡した。品田さんの音楽活動を支えてきた関係者が6日、前橋市内に集まり、早すぎる死を悼むとともに追悼コンサートの開催に向けて動きだした。

 約30年の交流がある藤岡市の会社員福田隆史さん(57)によると、品田さんが墜落事故現場の「御巣鷹の尾根」で演奏を始めたのは1997年8月。その後も事故が起きた8月12日に御巣鷹に登り、事故で亡くなった坂本九さんの「見上げてごらん夜の星を」などを演奏していた。

 品田さんはほかにも月一回ほどのペースで墜落事故現場へ行き、デジタルホーンを吹いていた。追悼コンサートを計画している太田市の会社役員諏訪隆志さん(61)が知り合ったのもそのときだった。

 諏訪さんは2003年4月、初めて御巣鷹山に登り、御巣鷹の尾根の「招魂之碑」前でデジタルホーンを吹いていた品田さんと出会った。「心にしみいる音色に感動し、すぐに連絡先を交換した」

 07年2月に諏訪さんが亡父のアトリエを改装した美術館を開くと、品田さんが駆けつけて生演奏。これを機に交流が深まり、昨年8月には自らコンサートを企画。好評だったため今年も10月に開催する予定だった。

 しかし、品田さんの死を受け、昨年のコンサートを収録したCDをかけ、音楽仲間による追悼ライブの二本立てのコンサートにする考えだ。「品田さんの音楽は人々の心を癒やす音色。多くの人に聞いてほしい」

 福田さんも「品田さんは自分のことより、人のことを心配してくれる人だった。デジタルホーンの優しい音色そのものでした」と話す。品田さんの音楽が人々の心に残り続けることを祈っている。

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 県警の調べでは、品田さんは4日、乗用車を運転中に藤岡市内の道路脇のがけから転落して死亡した。御巣鷹から前橋市に戻る途中だったとみられている。

(H21.6.7 東京新聞 加藤益丈)

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2009年6月 3日 (水)

久しぶりに風邪をひきました。

 久しぶりに風邪を引きました。

 扁桃腺が痛いです。

 昨年の初秋から、ずーっと健康だったので、「もう自分は風邪なんかひかないのかも…」と過信していたらこの体たらくです。

 もちろん、寝込むほどではないので、今日も頑張って活動を致しておりました。

 「ブログがなかなか更新されませんね」という声が多く、ご心配をおかけしております。最近の活動は、選挙が近いもとこあり、あまりオープンにできないことも多く、「書こうかな」と思って作業し始めても、途中で自己規制して書かないこともあります。すいません。

 今朝は、なぜ更新しないのか、と友人からメールがきて、「必ず今日は更新します!」とついつい積極的な返信をしてしまったので、扁桃腺の腫れをおしてキーボードに向かっています。

 先週はふたりの子供がそれぞれ、のどが痛いと言って体調不良を訴えていたので、それが感染したのだと思います。

 みなさんもお気をつけあれ。

 ということで、久しぶりの更新はそんな話題で適当にお茶を濁します。

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