「移動祝祭日」を読む
ヘミングウェイ著「移動祝祭日」(高見浩訳・新潮文庫)を読む。
ヘミングウェイは好きだ。あの文体は麻薬だ。読んでいるだけで心地よい。訳文でこれだけ面白いんだから、原語ではどんなんだろうと思うが、残念ながら英語で味わう能力はない。
この訳者の高見浩氏が、また抜群にいい。高見浩訳で読んだ「ヘミングウェイ全短編」(全三巻)は、最高だった。よく愛読書は? なんて質問をされるが、そう何度も読み返す本なんてあまりないが、この短編集だけは、時おり手に取る。どこから読んでも面白い。
「日はまた昇る」も高見訳と、別の人の訳を読み比べたけど、ほんのわずかな違いだけど高見訳のほうが断然いい。
新潮文庫ではヘミングウェイが次々と新訳になっている。多分このあと「誰がために鐘は鳴る」と「海流のなかの島々」が高見の手で訳されるのだと思う。それが楽しみでしょうがない。
「老人と海」は福田恒存訳が有名だが、福田ファンとしてはこのままでいい気がするが、高見訳も読んでみたいものだ。
で、「移動祝祭日」。面白かったけど、別にお奨めしません。ヘミングウェイのパリ時代を回想した小説のような自叙伝のような、虚実ないまぜの青春記。さまざまな作品の創作にまつわる秘話や苦悩が描かれていて、ある程度ヘミングウェイを読んでないとまったく面白くないと思う。
それにしても、「移動祝祭日」というタイトルが最高。
扉ページにある一文。「もし幸運にも、若者の頃、パリで暮らすことができたなら、その後の人生をどこですごそうとも、パリはついてくる。パリは移動祝祭日だからだ」
なんかわくわくする導入部だ。
ちなみに古典的な福田陸太郎訳ではこうなる。
「もしきみが幸運にも、青年時代にパリに住んだとすれば、きみが残りの人生をどこで過ごそうとも、パリはきみについてまわる。なぜならパリは、移動祝祭日だからだ」
高見訳が洗練されています。
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移動祝祭日 (新潮文庫) 著者:アーネスト ヘミングウェイ |
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