カテゴリー「書籍・雑誌」の記事

2009年6月20日 (土)

「移動祝祭日」を読む

 ヘミングウェイ著「移動祝祭日」(高見浩訳・新潮文庫)を読む。

 ヘミングウェイは好きだ。あの文体は麻薬だ。読んでいるだけで心地よい。訳文でこれだけ面白いんだから、原語ではどんなんだろうと思うが、残念ながら英語で味わう能力はない。

 この訳者の高見浩氏が、また抜群にいい。高見浩訳で読んだ「ヘミングウェイ全短編」(全三巻)は、最高だった。よく愛読書は? なんて質問をされるが、そう何度も読み返す本なんてあまりないが、この短編集だけは、時おり手に取る。どこから読んでも面白い。

 「日はまた昇る」も高見訳と、別の人の訳を読み比べたけど、ほんのわずかな違いだけど高見訳のほうが断然いい。

 新潮文庫ではヘミングウェイが次々と新訳になっている。多分このあと「誰がために鐘は鳴る」と「海流のなかの島々」が高見の手で訳されるのだと思う。それが楽しみでしょうがない。

 「老人と海」は福田恒存訳が有名だが、福田ファンとしてはこのままでいい気がするが、高見訳も読んでみたいものだ。

 で、「移動祝祭日」。面白かったけど、別にお奨めしません。ヘミングウェイのパリ時代を回想した小説のような自叙伝のような、虚実ないまぜの青春記。さまざまな作品の創作にまつわる秘話や苦悩が描かれていて、ある程度ヘミングウェイを読んでないとまったく面白くないと思う。

 それにしても、「移動祝祭日」というタイトルが最高。

 扉ページにある一文。「もし幸運にも、若者の頃、パリで暮らすことができたなら、その後の人生をどこですごそうとも、パリはついてくる。パリは移動祝祭日だからだ」

 なんかわくわくする導入部だ。

 ちなみに古典的な福田陸太郎訳ではこうなる。

 「もしきみが幸運にも、青年時代にパリに住んだとすれば、きみが残りの人生をどこで過ごそうとも、パリはきみについてまわる。なぜならパリは、移動祝祭日だからだ」

 高見訳が洗練されています。

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移動祝祭日 (新潮文庫) Book 移動祝祭日 (新潮文庫)

著者:アーネスト ヘミングウェイ
販売元:新潮社
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2009年5月 6日 (水)

「周公旦」を読む

 酒見賢一著「周公旦」(文春文庫)を読む。

 孔子が夢に見たと崇拝する聖人、周王朝成立の功臣である周公"旦"の物語。

 旦は、周の武王の弟で、殷を滅ぼすにあたり太公望とともに功績があリ、のちに「周礼」「儀礼」を著したとされる。ほぼ伝説上の人物。

 この小説のどこが史書に基づいていて、どこからが創作なのか私にはまったく分けることはできないが、いかにも中国古典然とした物語展開と表現が面白い。たぶん、ほぼ想像の産物なんだろうが、解説によれば、一応歴史を歪曲しないのが著者の手法らしい。ところどころ屈原の詩などがでてきて、それが尤もらしさを演出する。

 「封神演義」とは違い、特にダイナミックな展開をするわけではなく、武王ならびにその嗣子・成王を補佐する中での旦の政治的活躍と挫折を淡々と描く。

 政祭が一致した時代、政治家は司祭でもあり、旦はシャーマンとして描かれる。成王から遠ざけられ、楚に亡命することになるが、著者はなぜ蛮夷の地・楚に逃れたのか、そこに興味を持ったと物語を始める。

 以前も「墨攻」を紹介したが、酒見賢一は面白い。本作も彼の中国古典世界観が、独特の軽さとリズムで綴られ、酒見ワールドを織り成している。

 中国古典は、取り扱いを間違えるとやたら高尚なものになり、とっつきにくくなるきらいがある。俗な世界なんだから、俗に表現してもらえれば理解しやすいのに、と思う。(「漢字の表記ひとつにもこだわりました」みたいな、あの大家の書いた中国ものなんて、何度読んでも僕の脳みそには入って来ない)

 その点、酒見は分かり易い。中国古典を分かり易く描く巨匠ベストスリーは、海音寺潮五郎、横山光輝、酒見賢一だ

 大型連休に楽しい読書ができた。酒見には、どんどんと中国古典ものの小説を書いていただきたいと願う。

周公旦 (文春文庫) Book 周公旦 (文春文庫)

著者:酒見 賢一
販売元:文藝春秋
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2009年2月 4日 (水)

「デザインにひそむ<美しさ>の法則」を読む

 「デザインにひそむ<美しさ>の法則」(木全賢著・ソフトバンク新書)を読む。

 日頃は政治や歴史の本を読むことが多い。けれど、ときどき、まったく畑違いの美術や音楽など、芸術系の読み物も読む。芸術の才能がないので、想像できない世界の広がりに興奮するのだ。

 頭の体操に手に取った本書。ソフトバンク新書という、新書の新顔だ。

 内容は、黄金率とか、ピクトグラム(トイレの男女マークに代表される絵文字)とか、デザインの基本に関する解説が主で、大変読みやすい。ゆうべ寝る前の一時間ちょっとで読了。

 頭の体操なので、どの部分も知的刺激になったが、日本のデザインの特徴は、「左右非対称」と「正方形を基本とした整数比の形」だという指摘は特に興味深かった。

 門外漢なので、うまい説明はできないが、日産キューブの左右非対称のリアウインドウの形状などは、日本ならではの発想だということ。西洋の家屋は左右対称が好まれるのに対して、伝統的和風建築は左右非対称らしい。

 日本では左右対称の建造物は近代になってのものか、権威の象徴(神社仏閣)としての意味が強いとのこと。これは左右非対称の縄文土器以来の伝統だろうという。

 縄文土器に代表される日本的美意識は、現在でも様々ところに残されていることは、多くの美術史家が指摘するところだ。

 現代デザインの常識を知ることで、現代社会を知る。日本の伝統的な芸術センスを知ることで、日本の独自性を知る。政治史とは違ったアプローチで社会を考える、その導入にふさわしい、軽めの一冊。

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デザインにひそむ〈美しさ〉の法則 [ソフトバンク新書]

Book

デザインにひそむ〈美しさ〉の法則 [ソフトバンク新書]

著者:木全 賢
販売元:ソフトバンククリエイティブ
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2009年1月20日 (火)

「大平正芳  『戦後保守』とは何か」を読む

 福永文夫著、「大平正芳 『戦後保守』とは何か」(中公新書)を読む。

 戦後政治家の中で最も知性派と言われた大平正芳。その評伝。わかりやすい筆致で、読み易く、大平総理の人となり、時代の潮流がよくうかがえる手頃な一冊。

 大平は文章を能くする政治家で、多くの著書からさまざまな引用がされている。そこには大平氏の政治哲学がちりばめられ、その言葉を追っていくと、日本的政治家のひとつの理想像が浮かび上がってくる。

 例えば、権力について。「権力というものを考える場合にも、権力自体の構造や機能を堀下げるだけではなく、それを必要とするより高次のものを予定しておるものだという消息を心得てかかる必要があるように思われる。権力というものがそれ自体孤立してあるものではなく、権力が奉仕する何かの目的がなければならないはずだ。権力はそれが奉仕する目的に必要な限りその存在が許されるものであり、その目的に必要な限度において許される」。

 総理になったときには、「政治は甘い幻想をふりまいてはいけない。国民も政治に過大な期待を寄せてはいけない」と、言えそうで言えない発言をしている。

 敬虔なクリスチャンであった氏は、「政治家である前に、一個の人間である」との思いが強く、代議士であろうと、「自分は平凡なる人間であるという自意識であり、進むべき道は人間の倫理という平凡な道しか残されていない」という諦念を持ち続けていた。

 権力に対して抑制的で、人間の能力に懐疑的で、人としての本分をわきまえること、まさに保守本流の政治家にふさわしい態度だ。上昇志向だけ人一倍強く、気分としての保守を語る若手議員に見習ってもらいたいものだ。

 鈍牛といわれながら、実は政策実行力、外交力に優れ、「永遠の今」など哲学的発想をしながら田中角栄の盟友でもあった大平正芳。地味ながら、どこを切り取っても魅力的な人物だ。

 著者は、大平を「戦後政治の総決算」を最初に提唱した人物とし、「脱吉田」を標榜しつつも、岸・鳩山などの「改憲」路線とも一線を画し、戦後民主主義に則った戦後保守政治を定着させた政治家として評価している。

 昭和54年、東京でサミットが行われた。ホストは大平総理。小学校四年生の僕は、先進国7カ国に日本が参加していることに、驚きと興奮をおぼえた。すでに三十年が経過し、あの頃が政治史になった。

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大平正芳―「戦後保守」とは何か (中公新書) Book 大平正芳―「戦後保守」とは何か (中公新書)

著者:福永 文夫
販売元:中央公論新社
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2009年1月 3日 (土)

「封建制の文明史観」を読む

 今谷明著「封建制の文明史観」(PHP新書)を読む。

 昨年の9月~11月は、総選挙のカラ騒ぎで多忙を極め、読書はまったくできなかった。時間的にも気持ちの上でも、本なんて読んでいられない状況だった。

 なので、年末年始のお休みは、久しぶりに多少読書時間を持つことにした。それで手に取ったのが本書。

 簡単に言うと、封建制の再評価論。著者独自の理論展開というよりも、古今の封建制論を紹介し、封建制の文明史的意義を問い直すというもの。「近代日本封建制論の変遷」というタイトルのほうがしっくりくるかも。

 様々な封建制についての議論が紹介されているが、中心となるのは、「権威主義的」「固陋」であるといった意味での封建制や封建主義でなく、「土地を媒介とした人的主従関係」によるシステムのことである。

 この封建制は権利と義務(御恩と奉公)の概念が発達するので、近代法を受け入れやすい。また、合議制を重んじ、土地所有(私有財産)が認められる社会なので資本主義概念の素地もできる。身分制議会や株式会社は私有財産なくして形成できない。

 これはヨーロッパ史学では当然のことだが、日本の封建制がそれに当てはまるかというと、唯物史観的な発展段階説によってゆがめられ、正当に評価されてこなかったのが現実のようだ。そのあたりの議論の変遷を著者は丁寧に解き明かす。

 その後、梅棹忠夫の「文明の生態史観」の登場により、日本の封建制はヨーロッパの封建制と並行的に誕生したもので、高度資本主義社会はこうした封建制を経た地域からしか生まれないことを示し、日本の封建制についても、堂々と論じることができるようになる。

 学生時代に「文明の生態史観」を興奮して読んだことが思いだされる。

 日本の独自性を語ることは反ナショナリズムの立場から批判されることも多い。しかし、日本がヨーロッパと遠く離れたところで近代化を成し遂げ、現在までも世界に冠たる平和と繁栄を享受しているのは何故なのか。この事実を解きほぐすことが歴史を学ぶ大きな理由だ。自分たちの歴史に常に目を向け、日本はなぜ経済大国としてあり続けているのか、理由を問い質していかなければ、繁栄を続けていくことはできないだろう。

 そうした意味で、本書は日本が近代化を成し遂げた理由を、「封建制」というキーワードで解説してくれる好著であると思う。

 昨年末、比較政治学の泰斗サミュエル・ハンチントンが亡くなった。ハンチントンは「文明の衝突」の中で、日本は日本一国でひとつの文明「日本文明圏」を形成する稀有な存在であると記している。封建制という観点から見ても、ハンチントンの命題は正しいようだ。

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封建制の文明史観 (PHP新書) Book 封建制の文明史観 (PHP新書)

著者:今谷 明
販売元:PHP研究所
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文明の生態史観 (中公文庫) Book 文明の生態史観 (中公文庫)

著者:梅棹 忠夫
販売元:中央公論社
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2008年7月12日 (土)

「赤めだか」を読む

 立川談春著「赤めだか」(扶桑社刊)を読む。

 立川談春は、落語立川流の真打の噺家さんだ。高座姿のいい噺家で、落語好きなら大抵の方はご存知だと思う。

 その談春の前座時代のエッセーというか回顧譚というか、青春ストーリーだ。高校を中退して、あこがれの談志のもとに弟子入りし、二つ目になるまでのがむしゃらな修行時代が、見事な筆で描かれている。

 落語好きというよりも、談志好きの方は間違いなく楽しめる。ビルドゥングスロマンとしての完成度も高く、読み出したらとまらない、夕方買ってきて手放すことなくその晩のうちに読了したほどの面白さだが、落語の世界や立川流のことをまったく知らない人には、それほどのものでもないだろう。

 談志が談春に稽古をつけるシーンや、芸や伝統について語る場面がしばしばあるが、このすごさというか、機微がわかるには、多少の芸談を耳にしていなければあまり面白くもあるまい。談志とその周辺に関心のある者にとっては、知っているエピソードも多い。しかし、それがあって初めて「赤めだか」の世界観が理解できるような気もする。

 それはそれとして、感想としては最高に面白かった。青春小説として捉えた場合、39歳にもなって共感するのもいかがなものかと我ながら思う。しかし、いまだ何者にもなっていない自分なのだから仕方ない。僕も前座修行の身だ。

 誰にでもお勧めする本じゃない。けど、間違いなく面白い。

 談志を理解するには、談志の書いたものより、本書を読むほうが適している。これも間違いない。

赤めだか Book 赤めだか

著者:立川 談春
販売元:扶桑社
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2008年5月 5日 (月)

「政権交代」を読む

 榊原英資著「政権交代」(文藝春秋刊)を読む。

 元大蔵省財務官、「ミスター円」こと榊原氏が真正面から政権交代の必要性を訴え、民主党への期待を率直に表明する好著。巻末の小沢一郎との対談も話題になっている。

 政権交代への期待、そしてその対象が民主党。これほど明確な民主党贔屓の主張はかつてなかったかもしれない。妙なバランス感覚で、自民党もダメだけど民主党もダメ、みたいな言説ばかりの昨今、はっきりしていて気分がいい。何故政権交代が必要か、これを読めば明快に理解できると思う。

 民主党政権で財務大臣になりたいだけだろう、といった穿った見方をしてはいけない。かつて政権中枢にいた著者だからこそ、日本の政治システムの限界をよくよく見知っているはずなので、その主張に耳を傾けるのは有益なことなのだ。

 議論の組み立てとして、自民党の統治が優れていた時代をまず取り上げ、「格差なき高度経済成長の実現」を自民党最大の功績として讃えた上で、その成功した仕組みが、現在の社会・国際情勢と乖離してしまっている状況をわかりやすく解説する。けっして目新しい議論ではないが、自民党時代を知らない方には非常にわかりやすいのではないだろうか。

 現在、国民の多くが不満に思っている問題、年金・医療。これを司る厚生労働省はいまや最大の利権官庁で、自民党型社会主義の象徴だと切り捨てる。一般会計予算83兆円のうち、厚生労働省の予算は22兆円。さらに厚生省管轄の特別会計が76兆円もあるというから驚きだ。年金改革の提案は現実的かつ具体的だ。

 また、いわゆる「小泉改革」に対しても容赦なく断罪している。小泉政権とは何だったのか、今後も問われ続けるだろうが、著者も小泉改革のまやかしに失望してから、政権交代論に大きく傾いたと述べている。政権交代の必要性を感じたのはつい最近のことなのね、と皮肉な見方をしてはいけない。

 政権交代が実現したあと、どんな改革をしなければならないか。自ら革命的と表現する数々の提言は強烈で、刺激的だ。官僚故かやや役所に甘い点もあるが、小手先のことではなく、これからの日本がどんなかたちの国づくりを目指さなければならないのか、大きな絵を描く上で示唆に富む一冊だ。

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==== Information =====

田島くにひこの活動のお手伝いをしてくれるボランティアスタッフを募集中。学生さん歓迎。詳しくはメールで。よろしくお願い申し上げます。

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2008年3月10日 (月)

「暴力はどこからきたか」を読む

 「サル学」の泰斗、山極寿一の「暴力はどこからきたか - 人間性の起源を探る」(NHKブックス)を読む。

 「サル学」は大好きだ。チンパンジーやゴリラなど、霊長類の生活を知ることは人間社会を知ることだ。本書は、霊長類が根源的な欲求である「食物」と「性」について、どのように争い、またどのように回避する方法を身につけてきたかを詳しく分析し、その上で、人間は彼らから何を受け継ぎ、何を忘れてしまったかについて考察している。

 まず、サル達の進化の過程が細かく分析される。葉を食べるのか、果実をたべるのかといった食の相違から、住む場所、テリトリー、エネルギー効率、群れの作り方まで合理的に分化し社会構造が作られていく。

 樹上性で昆虫食や葉食の霊長類は、食物を巡る葛藤は少ないという。昆虫は小さく占有することができない。また葉っぱも広く分布するため占有しにくい。そのためマーモセットなどは、テリトリーをつくり、他者とのいさかいを回避する。

 これに対して地上性で果実食の霊長類は別の社会構造をつくる。果実はある場所が決まっているので、占有権を主張しなければならない。例えばニホンザルなどは占有権を社会構造化してしまっている。すべてのオスは縦関係の優劣が決まっており、序列に従うことでいさかいを制御しているという具合だ。

 ゴリラが、チンパンジーが、ボノボがどのように社会を形成し、争いを回避するシステムをつくってきたかを読み解くのはスリリングだ。

 人間と類人猿の共通点と相違点を比べるのは大変興味深い作業だが、その中で僕が最も感心したのは、人類だけが、わざわざ食物を仲間のもとへ持ってきて食べるという特徴だ。仲間と食事を分かち合う、一緒に食べることでコミュニケーションをとることのできる霊長類はヒトだけだという。サルは仲間と目を合わせずに食べる。チンパンジーやボノボは、仲間に分け与えることはする。しかし、そこにはためらいもあり、執拗なおねだりがあってはじめて分けることができる。ところが人間は、食物を惜しみなく分け与えることのできる動物だ。

 食物を独り占めしたり、一人で食事をすることは、サルに近い行為なのだ。

 ピグミー族などの狩猟民は、獲物をしとめた者は抑制的な態度を示し、けっして占有権を主張することはないという。また、狩猟の得手不得手だけで女性が男性を選ぶこともない。チンパンジーの社会では、獲物を多くとってきたものが多くのメスを獲得できるわけで、人間社会はやはり深遠だ。

 本書に人間どうしの争いを回避する処方箋は記されていない。しかし、人間の持っている特性を見つめ直すことは、暴力の減少化に有益だろう。家族と食事をする、仲間と食事を楽しむ、人間だけに許されたこの喜びを充実させるだけでも、身の回りのいさかいは少なくなるに違いない。

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2007年10月 9日 (火)

「不都合な真実」を読む

 アル・ゴア著「不都合な真実」(ランダムハウス講談社)を読む。

 実際に読了したのは、一ヶ月くらい前だが、なんとなく忙しくてなかなか紹介できずにいた。元アメリカ副大統領で、大統領選でブッシュに敗れたゴア氏が、地球温暖化問題について解説する映画の書籍版で、世界的な話題になっているので、ご存知の方も多いと思う。 

 映画化される前は、講演用のスライドだったわけで、様々に形態を変化させながら世間に広まっているということは、やはり訴えが正しく、人の心に入っていくものだということだろう。ゴアが指摘する地球温暖化の現象や今後の予測について批判もあるようだが、末節を個別に批判することは可能だろうが、トータルとしての温暖化の危機について否定することはできないだろう。

 本書には数多くのカラー写真が掲載されている。特に過去の風景写真と現在の風景写真が比較されているのだが、世界中の氷河がかつては真っ白で雄大なたたずまいをしているのに対して、同じ場所で撮った現在の写真には氷河がまったく消滅している。この比較は衝撃的だ。

 「キリマンジャロの雪」と言えば、ヘミングウェイの短編でも知られたアフリカの大山の冠雪だが、そのキリマンジャロの雪が十年のうちに消滅してしまうだろうとの予測が、写真付きで紹介されている。30年前の山頂写真と比べたとき、雪のほとんどない現在の風景に愕然とするばかりである。

 僕も心のどこかで、地球温暖化は間違いない事実だけれども、要因は人間の生産活動だけに因るものでなく、地球の大きな気候の変動によるのではないかと疑っていたところはある。百年、千年単位の変化の中で、人間の地球システムに与える影響なんて微々たるものではないかという漠然とした確信を持っていたのは事実だ。

 しかし、本書のこんな記述に打ちのめされる。「科学において、この件に関する意見ほど皆の見解が一致することは、まれである」(ドナルド・ケネディ、サイエンス誌編集長)

 多くの事例を駆使して、地球温暖化が人間の排出する二酸化炭素の影響を大きく受けていること、そして科学者のほとんどは程度の差はあれども概ね意見を一致させていること、また反対意見の多くは、石油会社などのプロパガンダの可能性があることを紹介している。

 気になる存在として、いつか手にとろうと思っていたとき、八ツ場ダム研究会の代表者である大塚一吉氏に強く推薦された本書。読了して、政治に携わるものは等しく手に取るべき良書であり、あるいは映画をみるべきだと思う。ゴアが大統領になっていたら、世界はどんなに変わっていたろうかという想像も尽きない。

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不都合な真実 Book 不都合な真実

著者:アル・ゴア
販売元:ランダムハウス講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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八ツ場ダム研究会 公開研究会のお知らせ

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2007年9月29日 (土)

「下山事件-最後の証言者」を読む

 「下山事件-最後の証言者 完全版」(柴田哲孝著・祥伝社文庫)を読む。 

 以前、この「最後の証言」を読むつもりで、間違えて「下山事件(シモヤマケース)」(森達也著)を買ってしまい、つまらなかった、ということをブログに書きました。やっと本家の作品が文庫・増補版で出たので読みました。面白かった!!

 著者の身内が下山事件に関与していた、という告白から事件の謎解きが始まるのですが、この柴田と柴田の親族のことを第三者の視点として書いたのが、前出の「シモヤマケース」。一時期一緒に取材をしていたのであろう柴田と森はケンカ別れをし、それぞれ別の立場から作品を仕上げることになるわけですが、自分の身内の証言であることの重みはもちろん、問題の掘り下げ方、視野の広さ、など、どれをとっても柴田作品のほうが優れています。

 松本清張が「日本の黒い霧」で展開したGHQ説にも、かなり説得力のある反論を示していて、下山事件ものの決定版と言えるかもしれません(別に僕はマニアではありませんが)。

 当時の時代の雰囲気がよく伝わってきて、下山事件を読み解くというのは、すなわち占領下の日本を理解することに他ならないということだと思います。戦争に負けたという現実、治外法権が罷り通り、金と腕力が幅を利かせる世界。既成の秩序が崩壊しているから、GHQや右翼など正統でない権力が力を発揮する時代の哀しさを感じます。

 そして、同時に現在の日本においても、アメリカの圧力からどれだけ逃れることができているのか。あるいはアンダーグラウンドな利権によってどれだけ政策が捻じ曲げられているか、暗澹たる思いです。

 犯人探しのミステリーとしても十二分に面白い本書ですが、オキュパイド・ジャパンというものが、どんなものだったのかを考える上で、示唆に富む一冊です。

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Book 下山事件最後の証言 完全版 (祥伝社文庫 し 8-3)

著者:柴田 哲孝
販売元:祥伝社
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