カテゴリー「日常」の記事

2009年11月10日 (火)

国会見学

 大学の後輩、カナイ君が議員会館へ遊びに来ました。いや、正確に言うと、彼は公認会計士をしていて、政治団体の経理について監査の相談があり、そのために来てくれたのでした。仕事です。

 せっかくなので、国会内を見学をしていただきました。

 議員会館で働く秘書は、「国会見学」といって、来訪者や修学旅行の子供たち相手に、ガイドをするのが重要な仕事のひとつです。僕はこの案内があまり得意ではないので、今日は中島政希事務所のスーパー秘書・今井くんにガイドをしていただきました。

 何をもって得意か得意でないかというと、議事堂にまつわるマメ知識の量が多いか少ないかということが重要になってきます。僕はめったにガイドをしないので、知識量が少ないのですが、スーパー秘書の今井君はかなり色んなことを知っていて勉強になりました。

0052
 ここは、民主党議員の控え室。代議士会という会議を行う場所で、ニュース映像などでよく出てくる部屋です。

.

0062

 こちらは予算委員会のテレビ中継でお馴染みの第一委員会室。委員長席と総理大臣席に座ってみました。重厚感のある部屋です。

.

0092

 で、議事堂前にて。小春日和で素晴らしかったです。

 こんなことをしていますので、是非みなさん議員会館に遊びに来て下さい。国会は国民のみなさまの持ち物です。いつでもご案内いたしますよん。

.

.

2009年10月28日 (水)

首相公邸でご奉公

 鳩山総理が首相公邸へお引越しするということで、家の子郎党の末席におります私のところにも助っ人の呼び出しがあり、本日は首相公邸にお手伝いに上がっておりました。

 首相公邸は、1929年築の前の首相官邸を移動・改装したもので、趣のあるステキな建物です。五・一五事件なども起こった建物なので、外観などが思い浮かぶ方もいるかと思います。もちろん初めて入りました。

Cimg3365←正面玄関を入ったとこ。公園みたい。

 居住部分は増築されたもので、大変立派な、もう立派としか表現できない、すごいお家でした。引越しに伴う雑用を行ったのですが、とにかく一般住宅とは比較にならないくらい広いので、くたびれました。

 多分、国家機密に関わることもあると思うので、詳しくは書けませんが、貴重な経験をさせていただきました。途中、総理も5分ほど立ち寄りましたが、現役の鳩山事務所の秘書さんでさえ「総理になってから見たの二回目」と言ってましたから、総理はさすがに忙しいようで、お会いできてラッキーでした。

 主な作業は、衣装棚を組み立てること。大きいので大変でした。

Cimg3367

 どうです。うしろの棚をみんな組み立てました。ドライバー片手に「製作」秘書の名を欲しいままにする労働ぶりでした。

 こんな記念写真撮って、内閣府に見つかって叱られないか心配です。部屋の場所が特定できるような写真ではないので大丈夫だと思いますが…。(松野頼久官房副長官とこの、松野秘書と児玉秘書とともに)

.

Cimg3361

 さらに組閣の階段にて。鳩山事務所の先田秘書と一緒に。僕はいいけど、先田さんこんな写真見つかったら、総理に叱られるよん。

.

.

2009年10月18日 (日)

中島政希さんの新事務所

 このたびの総選挙で初当選した中島政希さんの新しい常設事務所が開設になりましたので、ご案内しておきます。というのも、「中島政希 事務所」というような検索をして、このページに辿りついている方がけっこういるようなので。

〒370-0839
高崎市檜物町61 信濃屋ビル2F
TEL 027-386-8822
FAX 027-386-8823

 高崎駅西口から徒歩5分、あら町交差点から市役所方向へいってすぐにある大きなビルです。

 いい場所ですので、お近くにお出かけの際は、是非お立ち寄り下さい。

.

.

2009年10月 4日 (日)

運動会日和

 運動会ふたつ。

 土曜日は、いなり幼稚園の運動会。子供たちはこの春卒園していますが、昨年の保護者会長ということで来賓として参加しました。マーチングの演奏や開会式など、自分の子供がいたころと様子はどう違うか、引き比べたりしながら観戦。

 幼稚園くらいは、よその子でもかわいい。このくらいがいいよなぁと、ほのぼのとした気持ちに。

 前日の雨で準備が遅れ、開始時間も遅らせてのスタートでしたが、天気は回復して運動会日和となりました。

 日曜日、尾島地区の区民運動会に参加。子供と一緒に「フラフープリレー」に出場してきました。

 フラフープをバトンにしてリレーをします。走るときは子供と手をつないで、輪の中に入って走ります。大人がハリキリ過ぎるのか、転倒者が続出する中、アンカーとしてなんとか三位でゴール。娘はけっこう喜んでました。

 夜は、おとなりの隣組長さんとともに、町内(軽浜区)の運動会打ち上げに参加。近所の長老から、選挙に出る者の心得についてご指導を賜りつつ、ビールを注がれるままに呑んで酔いました。

 
 週明けからは天気が崩れるようなので、各所の運動会無事に開催できてよかったですね。

.

.

2009年8月 8日 (土)

上杉隆さんと

 今、一番売れっ子で、最も影響力を持つジャーナリスト・上杉隆さんと。

P1020528

 選挙の話を書かなきゃならないんだけど、いろいろありすぎてかけません。

 毎日忙し過ぎて気持ち悪いです。もう少しすると忙しさのピークを過ぎると思うので、しばらくご勘弁下さい。

.

.

2009年6月21日 (日)

テレビが壊れました。

  テレビなんて映ればいい。デジタル放送もエコポイントも関係ない、と思っていた矢先、長年愛用していたオリオン電機製・20型ブラウン管テレビデオが壊れました…。

 テレビって壊れないものかと思ってました。平成7年に高崎で一人暮らしを始めるときに買ったので、まだ14年した経っていません。うちの実家には、25年くらい前のテレビが現役で働いているというのに。

 ただし予兆はありました。ビデオ一体型の商品で、ビデオ部分はすぐに壊れました。テレビ画面も買った当初から色ムラがあり、最近は、画面の端っこが切れている感じで、字幕がはみ出していて読めないような事態になっていました。

 それでも、テレビなんてただ映ればいいと、買い替えなんて考えたこともありませんでした。

 ただ、まったく映らないのでは社会生活に支障をきたします。うちにテレビは一台しかないので買い替えることになりました。

 しかし、液晶テレビは、(最近は安くなったと言えど)かなり高額の買い物です。子供の教育上も壊れたからすぐに買うというのもよろしくないと思い、一週間程度ほっとくことにしました。

 そして、テレビなし生活から10日経った今日、やっと地デジ対応「世界の亀山モデル」!のテレビを買って参りました。高かったぁ~。

 だいたい、地デジを見るにはどうしたらいいかとか、全然知らなかったので、いろいろ店員さんに聞いて勉強になりました。もともとあんまりテレビみないので、子供たちもテレビなし生活をそんなに苦にしていなかったようですが、とりあえず、我慢した甲斐もあり、新しいテレビはうれしいです。

 うちでも地デジ映りました! 画面キレイ♪

 アナログで録画したビデオなんて、画像が粗くてもう見られない(古いビデオデッキとの接続なども苦労しました)。

 エコポイントだとか言って、いたずらに買い替え需要を煽るのはバカバカしいことだと思います。地デジにしろって、国をあげて強要するのも迷惑な話です。

 いくら国が後押ししても、地デジテレビは正直まだ高い。録画装置もブルーレイだとか、デジタルにすると、とてもとても手がでない。うちは仕方なしにテレビは買っちゃったけど、この買い替え圧力に白けている人も多いのではないでしょうか。

 それにしてもオリオン電機。海外メーカーだとばかり思っていたけど、念の為調べたら福井の会社でした。もっとタフな製品作ってよね。ずーっとアナログ放送見続けてやろうと思ってたのにぃぃ。

.

.

2009年6月 9日 (火)

「ふれあい元気市」開催

 私の生まれ育った町・石橋町で、「町おこし委員会」なるものが結成され、このたび最初の町おこし企画としてフリーマーケット「ふれあい元気市」が7日の日曜日に開催されました。

 私も、実行委員として参加、楽しい一日を過ごしました。

 現在は石橋町に住んでいない私ですが、委員長を務める同級生のいなおか君に誘われまして、企画段階から参加させていただきました。

 行政区としての石橋町の運営ではなく、商工会とも別に、まったく独自に立ち上げた有志の会なので、すべてが手探り手作り。どうなることかと思いましたが、たくさんのお客様にお出かけいただき、大成功の催しものとなりました。

 町内の人からは、「町が元気になるよ」、「若い人が頑張ってくれてうれしい」など、たくさんの励ましの言葉を頂戴し、こっちが元気になった感じです。ご協力をいただいたご町内のみなさま、出店してくださったみなさま、そしてお客様に感謝申し上げます。

 参加メンバーは、今後も夏祭りなどいろいろな企画ができればと、意気があがっております。多くのボランティアのご参加をお待ちしております。

Furima1

▲地元有志のみなさんと。赤いエプロンが僕です。これから準備を始めます。

Furima2

▲10時開店。続々とお客さんが参ります。なかなかの賑わいです。

Furima3

▲本部席でくつろいでます。

Furima4

▲ノンアルコールビール片手に、姉の出店した店の留守番中。日差しが強くて大変でした。麦わら帽子必携です。

てなわけで、次回の企画をお楽しみに!

.

※あくまで有志として参加いたしました。政治利用と言われるのを避けるため、ブログ内では事前告知や宣伝はいたしませんでした。本来お誘いしなければらない方にも、敢えてご紹介しない場合もありました。ご理解賜れればと存じます。

.

.

2009年6月 3日 (水)

久しぶりに風邪をひきました。

 久しぶりに風邪を引きました。

 扁桃腺が痛いです。

 昨年の初秋から、ずーっと健康だったので、「もう自分は風邪なんかひかないのかも…」と過信していたらこの体たらくです。

 もちろん、寝込むほどではないので、今日も頑張って活動を致しておりました。

 「ブログがなかなか更新されませんね」という声が多く、ご心配をおかけしております。最近の活動は、選挙が近いもとこあり、あまりオープンにできないことも多く、「書こうかな」と思って作業し始めても、途中で自己規制して書かないこともあります。すいません。

 今朝は、なぜ更新しないのか、と友人からメールがきて、「必ず今日は更新します!」とついつい積極的な返信をしてしまったので、扁桃腺の腫れをおしてキーボードに向かっています。

 先週はふたりの子供がそれぞれ、のどが痛いと言って体調不良を訴えていたので、それが感染したのだと思います。

 みなさんもお気をつけあれ。

 ということで、久しぶりの更新はそんな話題で適当にお茶を濁します。

.

.

2009年5月10日 (日)

GW

 今年のゴールデンウィークは、なんとなく長い感じです。

 4月25日頃から休みモードで、実質今日まで、なんとなくまだ連休中という雰囲気です。世間の動きが本格化してくるのも、明日の月曜日からでしょうか。

 僕は、休み中もほぼ活動をさせていただいて、とある一日は親孝行、とある半日は家族サービスとさせていただきました。

 親孝行といっても、たいしたことをしたわけでなく、うちの親と嫁さんの親を招いて、庭で焼肉大会をしただけですが、天気にめぐまれて楽しく過ごせました。もう何日も前のことですが、載せておきます。

P5041209

 七輪で魚貝を焼いたのが好評でした。お年寄りが一緒だと、炭のあつかいや七輪のあつかいなどでいろいろとアドバイスもあり、勉強になります。さすがに毎日炭を熾していた人にはかないません。

 世代間交流は大切です。

.

.

 

2009年3月19日 (木)

「本当に通り抜けできません」

 .

 街で見かけた面白看板↓。

 090318_175451

 「本当に通り抜けできません」、だそうです。

 「本当に」と強調するからには、となりの「工事中につき通り抜け出来ません」って看板はいつもあまり信用されていないのね。

 確かに、通り抜けできないと書かれていても、"とりあえず行ってみよう"みたいなことは私にもよくあります。それで結構行けるときもあったりするわけで、そういうことをみんなしているから、「本当に」が必要になるのでしょう。

 いつもある看板がアテにならない傍証です。

 ところで、学生時代、東京で下宿生活をしていたころ、○○横丁といった少し怪しげな呑み屋街(例えば池袋「人世横丁」など)をうろつくと、「通り抜け出来ます」といった看板をよく目にしました。

 あれを初めて見たときは、親切な案内というよりも、諧謔精神にあふれた大人の町を感じました。なんだか面白そうなとこに迷い込んできたと、ふわふわ、わくわくしたものです。

 ずっと後になって、「通り抜け出来ます」の看板は「私娼窟あります」の隠語なのだと聞かされました。

 なるほど。ことの真偽はわかりませんが、確かに成立過程からいって、闇市からスタートしたんであろうあの手の横丁は、いかがわしい商売も多かったんでしょう。

 学生の頃感じたあのわくわく感は、あながち的外れではなかったようです。

 冒頭の看板の話とは関係ないけどね。

.

2009年3月 2日 (月)

子供がインフルエンザになりました。

 インフルエンザが流行っているようです。

 先週、長女が罹患し、治ったと思ったら今度は下の男の子も罹ってしまいました。長女のクラスは学級閉鎖になり、最大12名がインフルエンザだったとか。

 39.9度まで熱が上がった娘は、お医者さんで、噂のリレンザなる薬を処方されました。専用のトリガーっていうのでしょうか、ちょっとした器具を使って吸引します。こどもには最初難しかったようですが、なんとか吸い込んでました。

 昔はただ寝てるだけだったんだから、いちいちそんな薬飲まなくたって…、なんて思いがちで、そう口にしたところ、子供は真面目なもので、「先生の言いつけは守らなくちゃいけないんだよ」と、諭されてしまいました。

 リレンザさすがに効いて、娘の熱はすぐに下がりました。その残ったやつを下の子が飲んでいます。(お医者さんには確認しました)

 今シーズン、体調管理に気をつけている僕は、まだ風邪を引いていません。僕としてはかなり珍しいことです。子供にうつされないようにしなきゃ。春分の日まで頑張れば今年はひかないかな。あと少し、気を抜かずに生活をして参ります。

 みなさんも気をつけて下さい。

.

2009年2月 9日 (月)

サイクリング

 赤城山の南面でサイクリングをして来ました。

 人生の中で、赤城神社から自転車で滑走する日が来るなんて、考えたこともありませんでした。生きていると色んな面白いことがあるものです。

090209_102752

090209_102844

.

.

.

2009年1月16日 (金)

阪神淡路大震災から14年

 明日で阪神淡路大震災から14年。ずい分時間が経ったんだなぁという印象。

 平成7年の1月17日。どんどん被害が拡大するニュース映像を見て、「人は明日死んじゃうかも知れないんだな」と諦観のようなものを感じた。

 そして、困っている人がたくさんいるのに、テレビでそれを見ているだけの自分が嫌になった。

 地震で死んでしまうくらいなら、生きているうちにやりたいことをしよう。人助けをできない銀行員なんかさっさと辞めようと思った。

 その年の5月に会社を辞め、新党さきがけの群馬県本部の設立に参加をした。

 うまく表現できないけれど、政治の道で生きていくことを決めた、最後の一押しが、あの大震災だった。

 あれから14年。まだ人助けどころか、助けられてばかりだけれど、なんとか自分のやりたいことを続けていられるのは有難いことだと思う。

 震災で亡くなられた方々のご冥福をあらためてお祈り申し上げます。

.

.

2009年1月14日 (水)

餅つき大会

 息子の通う幼稚園の餅つき大会に参加して参りました。

 このブログに書いたことあったかどうか忘れちゃいましたが、現在、幼稚園の保護者会長をさせていただいており、こうしたイベント事には頻繁に参加しています。

 素晴らしい冬晴れの中、子供たちの「よいしょ、よいしょ」の掛け声に励まされつつ、ぺったらぺったらお餅をつきました。

Photo

 赤いエプロンが私です。

 最後にお餅をついたのは、友人のうちで餅つき大会をした5年前の年末だったかしら。へっぴり腰ながら、楽しくできました。つきたてならではの「からみ餅」をたらふく頂戴し、子供たちも喜んで、大変満足いたしました。

 息子ももうすぐ卒園。楽しい催しもそろそろ卒業かと思うと、ちょっぴり寂しいです。

.

.

2009年1月 2日 (金)

謹んで年頭のご挨拶を申し上げます

 あけましておめでとうございます。

 さて、今年はどんな年になるのか? といった難しい話はせず、のんびり日常の話題からスタートです。

 穏やかなお正月、私も静かに過ごしております。

 元日は、まず朝風呂からはじまり、神棚に手を合わせ、次いで和服に着替えてニューイヤー駅伝を観戦しました。駅伝のコースである国道354線は自宅のすぐ近くなので、散歩がてらの見物です。

 昼からは女房の実家で新年会。

 続いて初詣。いつもは呑龍様へ行くのですが、今年は冠稲荷神社へ行ってみました。子供たちがお世話になっている幼稚園はこの神社に併設されており、ちょくちょく参拝はしているものの初詣は初めてです。

Cimg2955

 すごい人出でびっくりしました。

 で、夜は私の実家にて新年会。

 これがだいたいお正月のパターンです。
 ちょっと忙しくもありますが、じいちゃんばあちゃんに新年のご挨拶をして、家族で過ごすお正月は、平凡だけれど豊かなお正月です。

 なかなか更新しないブログですが、今年も宜しくお願い申し上げます。

.

2008年12月17日 (水)

人の噂

 なんだか、ごく一部だと思いますが、世間のウワサ話では、来月行われる予定の伊勢崎市議会議員の補欠選挙に僕が出馬するらしい、ということになっているようです。

 複数の人から「ほんとうですか?」と問い合わせがありました。そのうち一人は新聞記者です。なんだか、大変なことになっています。

 とりあえず、この場にて全否定しておきます。

 選挙に関わっている人間なので、何を言われても平気ですが、どうせウワサにするなら、市長選に出るとか、もうちょっと景気のいい話にして欲しかったと…。不徳の致すところと、自省しております。

 ちなみにウワサの出所は、ほぼ特定されております。I原さん! 僕出ませんのでご心配なく!

.

2008年10月14日 (火)

選挙といえばリポビタンD

 選挙といえばリポビタンD。

 選挙になると、なぜか、いや、必然的にリポビタンDを飲む機会が増える。

 リポDに限らない、チオビタなり、赤マムシなり、選挙事務所に栄養ドリンクはよく似合う。

 この栄養ドリンク、群馬県は男女ともに消費量が日本一だということだ。某大手紙の記者からもたらされたこのレアな情報、出典は明らかでないが、ネットで調べたら、やはりそのような記述があったので、満更ウソでもなさそう。

 ではなぜ群馬なのか?

 暑いから? 選挙が好きだから?

 はて…?

 ファイト! 一発! この謎について知っている方がいたらご教示願います。

2008年8月27日 (水)

デジタルホーンって知ってますか?

 このあいだの日曜日のことになりますが、デジタルホーン奏者、品田光美(しなだみつよし)さんのコンサートのお手伝いに行ってきました。

 縁合ってボランティアスタッフを頼まれ、会場設営やら受付やらCD販売のお手伝いをしました。失礼ながら、品田さんはアーティストとして高名というわけではなく、またデジタルホーンというものも馴染みがないということで、当初は100名を目標にチケット販売をはじめたそうですが、前売りが大変な売れ行きで、結局300名もの方がお出掛け下さいました。

 プロが企画したものでなく、まったくの手作りコンサートでしたが、運営も規模も雰囲気もなかなかのもので、お客さまは大変満足してお帰りになられたようでした。手伝ったものとしても大変愉しい一日でした。

 デジタルホーンとはカシオ製の電子楽器で、一般にはウィンドシンセサイザーという電子楽器のカテゴリーになるようです。管楽器のスタイルで演奏し、設定によりトランペットやクラリネットやオーボエなど、いくつもの音色が楽しめるようです。

 私も初めて聞きましたが、とてもいい音色で、郷愁を誘う、癒される響きです。

 デジタルホーンという製品はすでに製造されておらず、デジタルホーンだけを演奏するアーティストはおそらく品田さんだけだということです。

 前橋在住の品田さんは10年前から何度も御巣鷹山を訪れては、事故現場で慰霊の演奏を続けているということで、新聞などでも取り上げられています。音色同様、心優しき品田さんの演奏をみなさんもどこかで耳にする機会がきっとあるかと思います。是非、応援して下さい。

20080826101816

.

.

2008年8月16日 (土)

高校同窓会

 12年ぶりに高校の同窓会を行いました。

 お盆は休みだろう、と安易に日取りを選定しましたが、仕事で出席できない人が続出し、人数的にはちょっと少なめの会合になってしまいました。これなかったみなさんごめんなさい。けど、これくらいの規模だと全員と話ができて大いに盛り上がりました。

 それぞれに活躍している同級生の姿を見るのは刺激になります。クラスごとにステージに上がり、ひと言づつ近況報告をしてもらいましたが、いきなりマイクを持たせても、みんな面白おかしく、それも手短に話す様は、わがご学友はたいしたもんだと関心します。 

 この日のためにカリフォルニアから来てくれたK君は、アドビシステムズで”Bridge”の開発を手懸けているとか。すげーっ。

 アシックスのS君の企画したウェアが、北京オリンピックの公式ウェアとして何カ国にも採用されているとか。ほーっ。

 その他、地域で活躍されているみなさんも、肩書きが立派になっていて、頼もしい限りです。

 4次会まで呑み続けましたが、楽しいお酒だったので、悪酔いはしませんでした。次回はもう少し企画を練って、近い将来またやりましょうと、約束して別れました。

.

【事務連絡】

Cimg2811

集合写真、ご所望の方はメール下さい。データでお送りします。 

.

2008年8月15日 (金)

ねぷた祭に関わる個人的な思い出話

 地元尾島町のねぷた祭り。毎年8月の14日、15日です。

 僕がはじめてねぷたを見たのは、尾島にまだ住んでいなかった高校生の頃。当時仲の良かった同級生のM君が誘ってくれて、なんで尾島で「ねぷた」なんだって思いながら楽しんだ思い出があります。

 なんでも今年は30周年記念だとのこと。ただし、ねぷたの登場はもう少しあとのことだと思います。

 それまで行われていた通常の盆踊り大会にねぷたが登場したのは、22~23年前のことだと記憶しています。つまり僕が初めてねぷたに参加した頃です。その頃は、今のように道路を通行止めにするようなものでなく、公園のお祭り会場でやっていました。弘前市との姉妹都市を結んだのが30周年、ねぷた祭りは23年目ということのようです。

 高校2年の夏、初めてねぷたを見た祭りの晩に、当時好きだったバイト仲間の女の子とお祭り会場でばったり会い、仲良く一緒に遊んだことが今でも青春の一ページとして心に残っています。その娘とは、その夏の終わりに付き合い始めました。ときは流れ、今では女房となってます。

 尾島ねぷたに関わる、超個人的な秘話です。

Cimg2805

 今年も家族で出かけました。M君宅にも寄ろうかと思っていましたが、あちこちで振る舞い酒を頂戴し、たどり着く前に酔っ払ってしまい、うちへUターン。今年も大変な人出でした。

 

2008年8月 6日 (水)

鶴生田園納涼祭

 実家近くにある福祉施設・鶴生田園の納涼祭に行って参りました。

 鶴生田園には、痴呆の母が4年前からお世話になっており、入居者の家族ということで、参加して参りました。一施設の納涼祭とはいえ、出店も舞台も充実していて、へたな町内会のお祭りよりもずっと賑やかなものです。

 子供たちも大喜びで、ヨーヨー片手に舞台の出し物に見入っていました。

 家族が入所している方は、ご近所の方も多く、久しぶりに会う方や、この人んちもここでお世話になってたのか、といった思いがけない出会いもあり、福祉施設でコミュニティを感じる時代なんだなと変に感心しました。

Dsc00191

.

2008年7月27日 (日)

アオハダトンボ

 休日の朝、庭に出てみると見たこともないトンボがいた。

 翅が真っ黒、身体は金属のようなメタリックグリーン、4枚の翅を大きくゆっくりと羽ばたかせるような優雅な飛び方。庭の草の先にとまると、翅を蝶のように身体の上でそろえるように閉じている。

 田舎育ちで、年齢の割には自然に親しみ、いろんな虫を見てきているとは思ったが、これは初めてだ。トンボじゃなくてカゲロウの仲間かしら?

 すぐに昆虫好きの長男を呼んで、見るように言う。長男が家から出てくるのと入れ違いにトンボが部屋の中に入ってしまい、外に追い出すのにひと騒動。追い立てるあいだも、くだんのトンボは優雅に飛んでいる。赤とんぼなどの素早い動きとは違い、ちょうちょを追うような雰囲気。

 やっとのことで庭へ導き、あわてて携帯で写真を撮った。

 父親に写真を見せてたずねると、「カワトンボ」だろうとのこと。「カワトンボ」という呼び方が正しいかどうかわからないが、子供の頃はそう言い慣わしていたという。その言葉を頼りにネットで検索してみた。

 どうもこれはカワトンボの仲間で、アオハダトンボという非常に珍しい種類のトンボらしく、私が見たのは♂のようだ。群馬県では「絶滅危惧Ⅱ類」に指定されているとのこと。

 うちの庭は意識的に雑草を生やしたままにしているところがあり、てんとう虫や各種ちょうちょが立ち寄り、トカゲやダンゴムシやバッタなどがたくさん生息している。それにしても、そんな変わったトンボが来るなんて…。

 古来よりトンボの国であった日本。日本の古名「秋津島(あきつしま)」は「トンボの国」の意で、わが国ではトンボは瑞兆を示す生き物だ。なんかいいことあるかもねー、と思いつつ、あの独特の美しさが一日頭から離れませんでした。

Photo

ぎりぎりまで近づいたけど、しょせん携帯のカメラ。これが限界。

Photo_2  

隣の空き地に逃げたのを追う。クリックして見て下さい。アオハダトンボ♂の特徴であるメタリックグリーンの身体が見えますか?

.

.

2008年7月13日 (日)

覇者の誉れ

 最近、同窓会ネタが多く、よくない傾向だとは思っているが、今日は書かないわけには行くまい。

 母校の高校の文化祭で行われる「リーダー祭」を見に行った。リーダー祭とは、応援団が校歌や応援歌など数あるレパートリーを披露する (演舞する) 催しで、体育館のステージで行われる。いつもは人の応援をするのが仕事である応援団が、自分達が主役となる日である。

 見ごたえのあるステージで感激した。観客も大入り。応援団員の努力に心より拍手を送りたい。

 感激にはわけがある。

 実は、僕の同級生で第24代応援団長の I 君が現役の応援団の学生さん達の指導をしていると聞き、先々月、運動公園に野球の試合を見に出かけた。野球の試合というより、応援団の様子を見に行ったのだ。

 卒業後もしばしば球場を訪れ、後輩達の応援する姿を見るのを楽しみにしていたが、10年ぶりに見る現役学生の応援スタイルは様変わりしていた。流行歌のようなものを取り入れていて、掃いて捨てるほどあるどこかよその学校のような曲がときおり挿入されていた。伝統的な応援歌だけで貫くスタイルが最高にかっこいいと思っていたが、最近の学生さんはメンタリティーが違うらしい。

 応援団のリーダーシップもあまり芳しくなく、学生の統率がとれていない。どうも僕らが I 団長らに持っていた敬意のようなものが、今はないらしい。

 そして、何よりも驚いたのは、応援歌の節回しがめちゃくちゃだったことだ。なんの曲を歌っているのかわからないような状態だった。他校出身の女房でさえ「歌がおかしい」と言い出す始末。

 こんな実態を憂いた I 君らは、ここ数ヶ月OB会活動を活発化させ、三年に一度のリーダー祭を成功させるために、現役応援団への指導を続けていた。

 そして今日の晴れ舞台。先輩達の熱意は現役応援団にも伝わったようだ。よくここまで持ち直したなと思うほど、堂々としたリーダーぶり。曲もきちんと正調で歌えているではないか。ほっとした。伝統は守られたようだ。

 現役とのあいだで (あるいはPTAも含めて)、応援スタイルを巡る意見のギャップはあったようだ。OBも一方的な価値観を押し付けるわけにもいかず苦労したらしい。それを乗り越えての今日のリーダー祭。感激も大きかった。

 伝統がなんだ、といわれる向きもあろうが、一度なくしたものは元にもどらない。なくしてしまうときは、それを受け継いできた人間にも発言の権利を与えなくてはなるまい。これを「死者の民主主義」という。

 『現今の諸事雑事を問題にする場合、いやしくも平凡人の一致した意見を重視するのであれば、歴史や伝説を問題にする場合、いやしくもそれを無視すべき理由はない。つまり、伝統とは選挙権の時間的拡大と定義してよろしいのである。伝統とは、あらゆる階級のうちもっとも陽の目を見ぬ階級、われらが祖先に投票権を与えることを意味するのである。死者の民主主義なのだ。単にたまたま生きて動いているというだけで、今の人間が投票権を独占するなどということは、生者の傲慢な寡頭政治以外の何物でもない。伝統はこれに屈服することを許さない。(中略)われわれは死者を会議に招かねばならない。古代のギリシア人は石で投票したというが、死者には墓石で投票して貰わなければならない』(チェスタトン『正統とは何か』)

 好き嫌いは別にして、応援団員があれだけの気迫で演舞を行えば、伝統を守ることの価値も理解してもらえるのではないか。惜しむらくは、もう少し現役の学生さん達にあの姿を見てもらいたかったことだ。

 何世代もの人間が一緒に校歌や応援歌を歌えるということを守ってくれた、応援団とOBのみなさんに感謝する。

.

Photo

▲21世紀、平成の御世にこの姿! シビレる!

.

2008年6月22日 (日)

石川たかお県議の県政報告会

 石川たかお県議の県政報告会が、高崎メトロポリタンホテルで行われ、参加して参りました。

 石川後援会は中島政希後援会の流れを汲む方々も多く、懐かしい皆さんにたくさんお会いすることができました。時間が短くてすべての方とゆっくりお話することができなかったのが心残りですが、皆さん家族のように迎えてくれて、本当に楽しく過ごせました。激励もたくさんいただきました。

 005_2

 写真は何故か僕が激励の挨拶をしているところです。

 なんの打合せもなく、いきなり指名されてびっくりしました。せめて3分前に、「挨拶頼むよ」といっていただければ、もうちょっとちゃんとしゃべれたのにぃ。そんなわけで、石川県議、あの程度の激励で勘弁して下さい。

 県議の県政報告は、私達の税金がどこにどれくらい使われているのか、具体的な数字を示しながら、解説をしてくれるというもので、大変参考になりました。公共工事など一概にすべてがムダだとは言わないが、いくらかかっているのか、本当に必要なのか、ムダはないか、と常に厳しい態度で検証していくことが重要だと訴えていました。僕もまったく同意見です。

 石川県議と、伊勢崎の久保田県議の登場により、県議会に初めて「民主党」の会派が生まれ、ほんとうの意味での県政チェック勢力が生まれたと言えます。県政改革はこれからです。石川県議が県政改革の先頭に立って頑張っているので、僕の負けずに頑張らなきゃ、と思った次第です。

.

2008年6月21日 (土)

金山同窓会 強戸支部総会

 高校の同窓会組織である「金山同窓会」の強戸支部総会が行われたので、参加して参りました。

 今は尾島町在住ですが、やはり生まれ育ったのは強戸地区なので、愛着のある強戸支部での総会は楽しみにしておりました。

 毎年ご案内をいただいているものの、日程の折り合いが悪く、実は今年が初参加です。たぶんどこの同窓会もそうだと思いますが、若い人の参加率が悪く、僕が最年少、僕の上はいきなり11学年も上でした。

 Dsc00174

 「最年少者が締めをやったらどうか」との支部長のはからいで、急きょ締めの音頭をとることに…。

 若い者の務めというのは、やはり新しい人材を連れてくることだと思いましたので、来年は新人10名!、と言いたいとこですが、5名くらいは新しい人を誘って参ります!、と諸先輩にお約束をして、しゃしゃしゃんしゃんと江戸締め三本でお開きとさせていただきました。

 さてさて、来年一緒に参加してもらう同世代の人を今から募らなければ…。

 

2008年6月19日 (木)

老人に負けるな!

 前後関係、人間関係は省略。

 今日、お世話になった方が入院されていると聞いてお見舞にいった。胃の大部分を摘出し、そのほかにも、ここ一ヶ月の入院の間に何度かの手術を行い、肺炎による高熱に苦しんでいたというその方は、退院の予定も決まり、私が訪問したときはすこぶる元気だった。

 「長い人生の中で、二日以上の入院をしたことがなかった。手術や高熱も大変だったが、そんなことより、何もせずにベッドにいるということが退屈で、つらかった」

 勤勉で活動的な方なので、何もしないということが耐えられなかったようだ。驚くなかれ、御年89歳。

 次に訪れた会社で、やはり以前大変お世話になった会長にお会いした。

 「痩せようと思って、食事制限をしている。鉄アレイ2kgを両手に持って、汗がでるまで運動している。この鉄アレイ分くらいは今月落とそうと思っている」とのこと。

 そんなにいっぺんに痩せなくても、少しづつでいいんじゃないですか、と問うと、

 「年内に10kg落とすと決めた。数値目標がなきゃだめなんだ。今月のノルマが達成できそうにないから、明日からは食事を一日1回抜く」

 経営者として、いや一流の営業マンとしても、数値目標に対する感覚は鋭敏だ。

 「次の決戦に備えて、体力を充実させとかないとな」

 会長は今年74歳。

 お二人とも、堂々たるお年寄りだが、身の回りの同世代の人間よりもずっとポジティブで、明るい。

 前向きな人とお付き合いすると元気がでる。今日はお二人に元気をたくさんもらった。

.

2008年6月16日 (月)

山菜とり

 子供達に、自分の知っていることや経験したことを教え伝えるということ。できる限りいろいろ伝えたいと思うが、自分でうまく教えられないこともある。そのひとつが山菜とりだ。

 子供の頃、親に連れていってもらって、すごく楽しかったのを覚えているが、年中行っているわけでないので、人に教えるほど知識はない。ということで、こんなときこそおじいちゃんの出番。いつか子供達を山菜とりに連れて行って欲しいと以前から父にお願いをしていた。

 父は数年前に胃がんを患い、胃の全摘手術を受けたため、その後あまり無理をさせないようにしている。山歩きなどは、もう少し体力が回復してからかな、と思っていたが、先週、父から、ちょっと時期はずれだが、山菜取りに行こうと連絡があった。

 週末は自分の政治活動に当てたいと思っていたが、せっかくの誘いなので、「父の日」の親孝行という思いもあり、山菜取りに出かけることにした。

 早朝6時すぎに出発して、2時間後に到着したのは某有名スキー場。晴天、湿度も低く、風はさわやか、最高の山遊び日和。

 82

 山菜取りのピークは二週間くらい前なので、誰一人いない。ひろびろとした高原にうちの家族だけ、気持ちよかったー。

 体調が心配された父はずんずんと傾斜を登ってく。「この日のために散歩をして鍛えておいたから」と満面の笑み。子供達も大変なはしゃぎようで、山菜よりも虫を捕まえるのに一生懸命。

 山菜は、すでに取られた跡が目立ち、成長しすぎたものもあったが、それでもずい分収穫できた。フキ、ワラビ、ウド。今回はよーく教わったので、これからは子供達に指導もできるね。

 68

 帰ってきて食べたウドのてんぷらは、最高、バカうま。子供達もバクバク食べた。よっしゃー来年も行くぞー!

 

 

大学対抗チャリティーゴルフ大会

 昨年、浮世の義理で始めたゴルフ。選挙でお世話になった先輩方からのお誘いがあり、38才にしてコースデビューしたわけですが、そのきっかけになったのが、「大学対抗チャリティーゴルフ大会」です。

 あれから一年。またまたこの大会が巡って参りました。

 今回はみなさんにご迷惑をかけないようにしようと、事前にバッチリ練習しようと思っていたのですが、なかなか時間が取れないもので、前日に練習場に駆け込むのがやっとでした。

 「除夜の鐘」程度のスコアであれば、人様にご迷惑をかけることはない。と、教えられましたが…。昨年よりも15くらいスコアを減らしたのにもかかわらず、…今年もそこには到達しませんでした。(いったいどんなスコアで回ってるんだ!)

 でも、楽しくプレーできました。お世話になった、ご同窓、そして他大学のみなさまありがとうございました。

2008年6月 8日 (日)

国会見学の添乗員

 おとといのことになりますが、秘書の仕事として国会見学(バス旅行)の添乗員をしてまいりました。

 議員秘書の代表的な仕事に国会見学のご案内がありますが、僕はこれ、あんまりやったことありません。少人数の方を引き回してガイドをすることはできますが、ツアーの案内はしたことないんです。普通は地元小学校が修学旅行などで国会にきたとき案内をするわけですが、鳩山事務所にいたときは、選挙区が北海道なので修学旅行が来ないんです。

 そんなわけで、バス添乗員を何度もしている同僚のY秘書にアドバイスを受けつつ、バス二台に分乗し群馬を出発しました。コースは、音羽御殿(鳩山会館) ~ 皇居前にて休憩 ~ 国会見学 ~ 靖国神社参拝 です。

 天気に恵まれ、渋滞もなく、楽しく行って参りました。だいたいの要領は分かりましたので、国会見学のご用命がありましたらご連絡下さい。僕自身の日常活動としても、いつかこんなバス旅行がしたいなと思いました。

Dsc00159

鳩山家累代の居宅、通称音羽御殿。現在は「鳩山会館」として一般公開されています。2階の窓から臨む庭園。中央は鳩山一郎総理の銅像。

Dsc00160

こちらは衆議院本会議場。訪問したちょうどその時間に本会議が入ってしまい、時間調整に手間取りましたが、かえって現場の雰囲気がわかって面白かったかも。

Dsc00161

靖国神社。神門より拝殿方面を臨んだところ。荘厳、清涼、森閑、尊い御霊を祀るに相応しい場所です。

Dsc00158

田村・伊勢崎市議が主宰する勉強会の研修旅行のお手伝いでした。アカデミックな旅行でしたよ。

.

==== Information =====

田島くにひこの活動のお手伝いをしてくれるボランティアスタッフを募集中。学生さんも歓迎。詳しくはメールで。よろしくお願い申し上げます。

.

2008年6月 5日 (木)

議員会館新築中

 衆議院と参議院の各議員にあてがわれている事務所、その集合体というか、事務所の入ったビルを「議員会館」といいます。僕が鳩山由紀夫さんのところで働いていたときに執務していたのも、この議員会館です。

 今、その議員会館の新築工事が進んでいます。老朽化が進んだこともあり、特に事務スペースが狭いと評判だったので、新しく作り直そうという工事です。これまで40㎡ほどだった部屋が100㎡くらいに広がるらしく、楽しみです。

 「ぜいたくだ」との批判も浴びるかも知れませんが、いままではお客様に待っていていただく場所もないような作りで、秘書の仕事も廊下から丸見えという空間だったので、改善の必要性は十分あると思います。豪華な宿舎問題とはちょっと違うかなと思っています。

Dsc001572

 おととい、久しぶりに上京したので工事の様子を撮ってきました。

 撮影した場所は議員会館の裏にある鳩山由紀夫個人事務所から。真ん中の道は日枝神社から続く山王坂。右が衆議院第一議員会館、左が同じく第二議員会館。奥に見えるのが国会議事堂です。現に会館が建っている場所につくるので、いったん仮設の会館をつくり、そこに引っ越してから今の建物を壊し、さらに新しい施設を建設するという込み入った手順を踏みます。

 完成は平成22年だとか。関心のある方は上京ついでに国会見学におでかけ下さい。案内しますよ。

.

2008年4月14日 (月)

太田の街をご案内しました

 大学の先輩で某大手新聞社のTさんが、太田に取材に来るという。地方都市のいまと今後を経済の視点で読み解くというようなことらしい。案内役を頼まれたので、半日同行させていただいた。

 まずは大泉町のポルトガル語のあふれた町並みを見て、富士重工の太田大泉工場の脇を通り、イオンの中、特に行政センターなどをふらりと見学し、南一番街の風俗街を通り、最後に本町通りを流して、本町通りの老舗商店の社長に話を聞いた。

152

 ▲商店主の話、「行政は中小商店の支援策をいろいろと打ち出しているが、ほとんどは『やっているフリ』で、ありがたいことだが、実際に役に立ったり効果のあることはほとんどない」とのこと。多分そうなのだろうと納得した。

 すでに管理職的な立場にあり、自分で記事を書くことは少なくなったというT先輩は、おそらく僕の激励かたがた訪れてくれたようでした。取材のほうは、お役に立てたかどうかわかりませんが、某紙に関連記事が掲載されたらうれしいですね。

 人さまに説明することで、太田という街を客観視できるいい機会でした。遠路ありがとうございました。

.

==== Information =====

田島くにひこの活動のお手伝いをしてくれるボランティアスタッフを募集中。学生さん歓迎。詳しくはメールで。よろしくお願い申し上げます。

.

 

2008年4月 8日 (火)

長ぁーいケーキ

 Dsc00148_2

 これなーんだ?

 って、タイトルに書いてあるからわかってしまいますね。

 ロールケーキです。

 石関事務所の仕事で、伊勢崎のとある結婚式場で会合をしたところ、式場の社長のはからいで、特別デザートを出してくれました。それがこの長いケーキ。2008年にちなんで、2m80cmの長さだとか。

 舞台で切り分けて提供してくれましたが、酔っ払いのおじさん達もけっこう喜んでました。切っている係の人も心なしか誇らしげ。

 もちろん仕事中なので食べてません。味不詳。

.

2008年4月 6日 (日)

桜花爛漫

 しばらくブログ更新をサボってしまいました。

 仕事が忙しく、書くタイミングを失してしまい、だらだら月日が流れております。気が付けば、桜の花が満開ではないですか。

 今日は嫁さんが出かけてていないので、子供と一緒に桜を見に公園へ遊びに行ってきました。近所の石田川沿いの桜を見てから、やはり近所の備前島公園へ。ダンボールを持参して、芝山からすべりおりる「そり遊び」をしました。

 大人がやっても十分面白い。芝がもっと生え揃った頃にやると、スピードも増してさらにいいかも。また来よう!

 桜は今日が見ごろですね。先日の風で散っちゃったところもあるけど、どこもたくさんの人が出ていました。緑化フェアなるものもあちこちで開催されているようですが、子供と一緒なら、近所の土手の桜で十二分に満足できます。雑事を忘れるひとときでした。

 

2008年3月15日 (土)

馬生

 うまなま、ではない。

 「ばしょう」と読む。落語家・金原亭馬生のことだ。ついでに言うと、落語好きの人にとって、ふつう馬生といえば、先代の十代目馬生を指す。僕の贔屓の落語家だ。

 馬生のネタの中で一番好きなのは、なんといっても「目黒のさんま」。これだけは、他にかなう演者はいない。はじめてラジオで聞いたときは、面白くてぶったまげた。亡くなってすでに25年くらい経つ。

 おとといの新聞広告に、この馬生の「十八番名演集」という10枚組CDが発売されているのを知った。というか、おとといまで不覚にも知らなかった。昨年の秋に発売されたものらしい。

 欲しい…。

 落語のCDやビデオの収集は僕の数少ない趣味のひとつだ。CDはざっと450席以上は所有している。ただ馬生のものは少なく、手元のデータベース(昔ヒマにまかせてすべてのCDをパソコンで整理したことがある)によると11席しかない。いや、けっこう持っているほうかな。

 けど、こんどのCD集には、手元にない噺も多く、これはマニア垂涎ですよ。しかし、2万円は手がでないなぁぁ。政治活動や呑みにいったりすると2万円くらいすぐ使っちゃうけど、まったく生産性のない落語に2万円はなぁ…。

 中身を見れば、けっして高い商品じゃないけどねぇ。

 新聞広告切り取って、机の前においてある。多分しばらく買えない。けど、買おうか買うまいか、考えるのが楽しいんだと思う。

.

2008年2月10日 (日)

諏訪太郎記念美術館

 諏訪太郎記念美術館の開館セレモニーに行ってきました。

 諏訪太郎って誰? というお尋ねがあるかも知れません。実は無名の画家です。私を熱心に支援して下さって、日頃大変お世話になっている諏訪隆志さんのお父上です。

 太郎氏は昨年他界されたのですが、趣味で実に多くの絵を描かれており、故人のアトリエを整理したら、500枚とも1000枚とも知れない膨大な量の作品が出てきたというのです。

 息子・隆志さんは、これだけの作品があるのなら、多くの人に見てもらい喜んでいただいたほうがよいのではないか、それが父の供養にもなるだろう…、との思いで、アトリエを改造し、常設の美術館を開設したということです。

 「自分から積極的に絵を売り込んだり、また他人に絵を教えたりすることは好まず、また不得手だったのでしょう。ただひたすら描くことにのみ喜びを感じていたようです」と隆志さんが語るように、画業で生計をたてていたわけではありませんが、力量は十分に画家であったと言えます。

 私が面白いと感じたのは、太郎氏の昭和14年から19年までの軍隊生活の中でのスケッチです。特に中国出兵時のスケッチ作品は数多く、時期も大東亜戦争開戦前ということで、中国の風景や人物描画になんとなく牧歌的な雰囲気が漂っています。戦地でもスケッチブックを離さず、連日のように絵を描いていた、その情熱が伝わってきます。

 その絵に対する思いが、隆志さんをして美術館開設にまで駆り立てたのだと思います。

 【諏訪太郎記念美術館】

 ◇入場無料 ◇太田市徳川町365 0276-52-0050 ◇開館日・日曜祝日(閲覧希望の方は事前にご連絡願いますとのことです)

Photo 館長とともに

.

2008年2月 2日 (土)

太巻きなんて言われてもねぇ。

 お付き合いで、コンビニの「恵方巻き」なる太巻きを買った。新たなビジネスチャンスを目指して売り込んでいる業者さんのおかげで、なんとなく節分というと太巻きを見かけるようになってきた。

 この風習、一説には旦那衆の遊びとして、芸者さんに太巻きをくわえさせ、その様を喜んだという大人の遊びに端を発したものだとの話もあるが、この際その出自はどうでもいい。

 ただ、太巻きを摘みつつ、伝統というものは一朝一夕にはできないものだなあということはしみじみと感じた。子供時代に節分に太巻きを食べたことがないから、喜びも季節感もまったく湧き上がらないのだ。

 お正月が近づけば餅が食べたいとか、えびす講のときはけんちん汁だとか、行事の思い出と食は、分かち難く結びついている。そうした中で、今さら節分に太巻きといわれても…。

 各家庭の独自の食文化もあると思う。うちは運動会というと、母が栗を茹でて用意してくれたので、僕にとって運動会と栗は密接な関係がある。自分の子供の運動会のときも栗を用意しないとなんとなく落ち着きが悪い。

 子供の頃の刷り込みとは消えないのだ。多分、こういうものの集積が風習であり、昇華して伝統となるのだろう。

 逆に言うと、季節の行事や、家庭のイベントにきちんとしたきまりや、伝統的な料理を食べるという習慣がないと、食文化も伝統行事もあっという間に崩壊してしまうということだ。そして、なにやら得体の知れぬ恵方巻きのようなものに、占領されてしまうということだ。

 うちの子が大きくなったときには、節分といえば太巻きと連想するようになるのだろうか…。いや、それ以前に、節分といえば、家族で豆撒きをする楽しくまた厳粛な行事であったと思い出してもらえるよう、今年もまたきちんと豆撒きをしななければと思うわけである。

.

2008年1月29日 (火)

パガニーニの主題による狂詩曲

 先日も書きましたが、連夜、名簿整理しています。
 資料をあさったり、じっとパソコンに向かう間、音楽を聴きながらやるのが楽しみになっています。

 今のお気に入りはラフマニノフ「パガニーニの主題による狂詩曲」。先週、無性に聞きたくなり、ルービンシュタイン版をネットで買いました。で、もう一週間くらい頭の中がパガニーニ。

 いやぁ、なんといってもこのエラそうなタイトルがたまらない。ラフマニノフだけでもすごそうなのに、その上パガニーニ! すごいぞ!

 どんな曲かというと、去年流行った「のだめ」の中で、主人公のライバルが劇中で弾いていたらしいので、知っている人も多いかも。僕は見てないので確実な情報かどうかは分かりませんが。

 クラシック音楽は、とっつきにくいという人もいますが、理由のひとつにはこのタイトルのせいもあるのではないかと思います。

 すごくポピュラーなモーツァルトのディベルティメント(K136)なんて、曲を聴けば誰でも知ってると思うけど、ディベルティメントなんて舌をかみそうな名前だからわけがわかんなくなるのではないかと思います。

 フランス料理のメニューと同じですね。わけがわかんないほどありがたい。

 「ブレス産プーラルドで巻いた牛頬肉と三枚肉のポトフー」  

 うわっ、美味そう!

 「バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」?! 

 タイトルだけで名曲間違いなし!

.

ラフマニノフ : ピアノ協奏曲第2番&パガニーニ狂詩曲 ラフマニノフ : ピアノ協奏曲第2番&パガニーニ狂詩曲

アーティスト:ルービンシュタイン(アルトゥール)
販売元:BMGインターナショナル
発売日:2000/10/25
Amazon.co.jpで詳細を確認する

2008年1月20日 (日)

タニ君と金山同窓会

 選挙を手伝ってくれていた学生助っ人のタニ君が久しぶりにうちにきてくれました。東京では何度か会ったけど、群馬では選挙後初めてです。久しぶりといっても、特段つもる話などもなく、子供とカルタ取りなどして遊ぶ。

 選挙中はうちに何ヶ月も泊まっていたので、うちの子同様ということで、さんざん子守りをしてもらう。それにしてもタニ君、相変わらず痩せているが、食生活は大丈夫だろうか。うちの子同様のハズなのに結構秘密主義で、彼女のことなどは話したがらない。

 昼をカミさんの手料理でおもてなししたあと、僕は恒例の高校の同窓会、「金山同窓会」の新年会へ出席のため、グリーンパレスへ。もう何年も参加しているが、三十代の参加者は僕達の学年くらい。僕らは年々仲間を増やしており、今年は5名で参加。ひとつ下のS君も仲間なので計6名。

 同じテーブルにうっかり?参加してしまった三つ下の好青年が一人おり、是非来年も会いましょうと約束して別れましたが、本当に下の学年が少しづつ参加してくれれば楽しいのにと思う。昨年は選挙だったのであちこち挨拶回りをしましたが、今年は比較的おとなしくしておりました。大澤知事が来るかと思いましたが、欠席のようでした。

 二時間後に帰宅するとタニ君は昼寝をしたあと、子ども達と公園へお散歩に行ってくれたようです。どうもありがとう。五時過ぎに籠原駅まで送っていきました。暖かくなったら泊まりできて下さいね。

Dsc00136

↑会場の様子。例年よりも参加人数が少ないような感じがしましたが、気のせいかな。

 

2008年1月19日 (土)

金魚もひなたぼっこ

 寒い日が続きますね。今日は少し日差しがあったので、ひなたはちょっとだけ暖かかったですが、全体としては寒いです。

 実家の庭に小さな池があるんですが、金魚が並んでひなたぼっこをしていました。

 Dsc001352

 明太子かと思った。

.

2008年1月 7日 (月)

賀正

 謹んで年頭のご挨拶を申し上げます。

 七草粥になって、やっと今年最初の更新です。まことに申し訳ありません。本年も変わらぬご厚誼を賜りますようお願い申し上げます。

 今年は本当に穏やかなお正月で、楽しく過ごすことができました。

 元日は、自分の実家と女房の実家へ行き、それぞれ新年会。親孝行を致しました。

 二日は町内の新年会&年始回り。

 三日は、高校の同級生とゴルフへ。昨年お付き合いでうっかり始めてしまったゴルフですが、その後忙しくてなかなか行く機会がなかったもので、友人が正月なら行けるだろうと設定してくれたものです。なんとかみんなに迷惑をかけずに回ることができました。

 四日はご挨拶回りのあと、恒例の中島政希さんちでの新年会。

 001_3

 昨年は僕と同じ一候補者だった石川さん(一番右)が今年は立派な県議会議員です。次は宮崎岳志さん(右から二番目)が総選挙でバッジをつける番だとみんなから激励を受けていました。僕も次の次には頑張らないと…。

 五日、六日も、ご挨拶回り。夜はたまっている事務仕事の片付けと、充実したお正月休みでした。

 Cimg2625

 あと、忘れちゃいけないのが、呑龍様への初詣。元日に家族で和服をきてお参りするのも恒例行事です。

 そんなわけで、今年も頑張って参ります!

2007年12月16日 (日)

Curehouse 寄席 大入

 ご案内をいたしました姉の仕事のオープンイベント「Curehouse寄席」、石橋町にある、ふれあいセンターにて本日開催いたしましたが、無事大入り満員となりました。ありがとうございました。

 落語立川流二つ目の立川吉幸さんと漫談の寒空はだかさんという、二人の芸人さんが登場してくれました。聞いたことない名前の芸人さんだからといって、バカにすること勿れ。クオリティの高い芸を披露してくれて、会場はおおいに沸きました。さすがにプロは違うって感じでした。

 感心したのはやはり「声」。特に吉幸さんは声ができあがっていて、よく通るいい声でした。政治家にも、演説で鍛えたいい声の方がいますが、そういう人は普段のしゃべりのときでも、よく声が響くんですよね。吉幸さんもそんな感じで、舞台後の打ち上げの際、普通の会話もよく響いてらっしゃいました。見習いたいものです。

 お出掛けいただいた方ももちろん、受付などのお手伝いをして下さった皆さま、本当にありがとうございました。あらためて御礼申し上げます。ちなみに僕は親族の一人として、下働きをさせていただいておりました。ビデオ撮影の係になってしまったので、お客様の接待があまりできず失礼をいたしました。

Pc160586

 ↑手作りの高座の上で熱演する吉幸さん

Pc160606

 ↑寒空はだかさんと席亭の姉

 ということで、これにて本格営業を開始する「キュアハウス自由が丘」をどうぞよろしく。

2007年12月13日 (木)

Curehouse 自由が丘

 うちの姉が、リラクゼーションスペース「キュアハウス自由が丘」という、女性専門のマッサージ&エステの店を開業します。

 今年の春まで、東京・自由が丘で営業をしておりましたが、実家に戻ってきて営業をすることになりました。

詳細はこちら → http://curehouse.info/

 今週日曜日には、オープニング記念「キュアハウス寄席」を開催します。東京時代の人脈を生かして若手芸人さんを招聘、近くの公民館を会場にミニ演芸会を催すということです。なんと斬新な企画。なぜ寄席? わが姉ながら、かなり驚きの発想です。

 関心のある方は、どうぞお気軽にお立ち寄り下さい。また、営業内容についてのご質問も遠慮なくどうぞ。

2007年12月 5日 (水)

事務連絡

 明日から4日間(12/6~12/9)、民主党・小沢訪中団に参加のため、日本を離れます。

 携帯電話は通じなくなります。日曜の夜まで連絡がつかなくなりますが、悪しからずご容赦下さい。

2007年11月25日 (日)

利根川の河川敷清掃に参加

 うららかなお天気のもと、利根川の河川敷清掃に参加致しました。

 風もなく、日差しもやわらか、最高の作業日和でしたが、ここんとこの寒波を覚悟して、重装備で出かけたために汗だくになってしまいました。2時間弱で、45リットルのごみ袋に半分くらいのゴミが拾えました。中には、鍋や釜まで拾った人もいて、廃棄物のすごさにびっくりです。

 「みんなで頑張りましょー!」、写真中央で、オレンジジャンパーを着ているのが僕です。

Photo

 最近はボランティアなんて言い方が主流ですが、子供の頃、この手の作業は勤労奉仕って言ってましたね。なんとも清々しい気分になった勤労奉仕でした。

2007年10月18日 (木)

デザイン

 先日、このブログのデザインを変更しまして、シンプル一本やりだったものに多少カラーを入れて、温かみのあるものにしたのですが、どうも操作性が悪いということに気づき、元にもどすことにしました。

 新しいデザインだと、バックナンバーなどの表示がうまくできなくて困っていたのです。

 もとに戻したのは良いですが、色付きからモノクロになったので、職場のSさんからは「しょぼい」と一刀両断されました。悲しいっす。

 また、時間があればデザインについて吟味したいと思います。

2007年10月16日 (火)

セサミン・イイ

 「セサミンいいですよ」

 「へー、セサミンって良いんだ?」

 「いや、効くかどうか分かんないですけど」

 「今イイって言ったじゃん」

 「いや、セサミンEですよ」

 「だから良いんだろ?」

 「イイじゃなくて、Eです。セサミンE」

 と、わけの分からない会話の中で、サントリーの健康食品「セサミンE」の効能について関心を持ったのが半年前。

 先日、新聞広告で、そのセサミンEの試供品贈呈キャンペーンをやっていたので、応募してみたら、数日後、一ヶ月分の試供品が届いた。うれしいっす!

 もう半月くらい飲んでる。効き目のほどはわかりません。二日酔いしづらくなるという話もあるが、この間は二日酔いしたしな。

 ゴマから抽出したエキスだということで、女房はゴマを食べればいいじゃんと言う。確かにうちの食卓にすりゴマは欠かさずある。んー、まっ、それはそれだね。たまにはサプリ飲みたいんだよね。

 ちなみにふつーに買うと一ヶ月分で定価4410円。

 …買えないよねー。 …結局半月後には食卓のゴマを食べる生活にもどりそうだ。

2007年9月26日 (水)

W杯カナダ戦

 ラグビーワールドカップ、最終対カナダ戦、予定通り夜中の1時から観戦致しました。結果は12対12の引き分け。う~~ん、あまり爽快感のない試合でした。

 ジャパンの試合の意図がわからない感じ。FW戦でいきたいのか、展開したいのか、モールでは結構いい動きしていたようだが、そこに執着もなく、BKのダブルラインも機能していたのかどうか…。そんなに力の差がないだけに、何やってんだー、という思いが強い。

 不満が爆発したのは試合終了直前、すでにインジャリータイムに入ったと思われる時間帯にいきなり映像が飛び、日本のトライシーンがカットされていたこと。トライシーンがなく、突然ゴールシーンとなり、これが入って同点、そして試合終了のホイッスル。な、なんだぁ。なんでそんな重要なシーンがカットされるんだぁぁ。

 番組終了時のスポンサーが紹介される際の映像で、幻のトライシーンがリプレイされていたが、納得いかない。釈然としない。

 日本テレビの問題か、配信元の責任か? 選手のせいではないけれど、かなり不快っす。

 今、念の為ネットで調べました。放送時間が足りなくなりそうなので、あわてて一部カットしたら、そこにたまたまトライシーンが入っていたとか。野球と違って放送時間はほぼ予測できるんだから、ちょっと配慮が足りないよね。

 民放はラグビー放送に馴れてないから仕方ないのか…。実況のアナウンサーのレベルも低く、ラグビー実況なんてやったことない様子がありあり。ちょっと複雑なシーンがあると、「おーっと!」を連発、言葉がすぐに出てこない。NHKの落ち着いた中継を聞きなれているので、違和感一杯でした。

 ラグビーの国際試合は参加国のレベル違いも大きく、伝統国・強国だけの小さい規模に大会を改変しようという動きもあるらしく、次期大会に日本が出場できるかわかりませんが、また4年後を楽しみにしたいと思います。清宮ジャパンの実現を夢見て。

2007年9月21日 (金)

W杯

 寝不足でございます。
 お付き合いの酒席が続いていることに加えまして、今朝は朝4時からワールドカップを見ていたので、とても眠いです。

 みなさん、今フランスでワールドカップが行われていることを知ってます?

 サッカーじゃありません。ラグビーです。W杯というのはサッカーだけのものではありません。

 ラグビーのW杯はまったく地味な存在で、ファンである僕自身、開幕前日に同好の田中先輩に指摘されるまで忘れていたくらいです。

 今朝は、ウェールズ相手に72対18で敗れました。ラグビーは番狂わせのないスポーツで、強いチームが必ず勝つので、名門ウェールズに苦戦は承知していましたが、見事な大敗です。しかし、二つのトライを奪ったところは溜飲が下がりました。

 オーストラリア戦もフィジー戦も夜中に起きて見ました(フィジー戦は惜しかった!)。W杯のたびに夜中に一人で観戦していますが、なかなか勝てない日本。でも、いつかは…という思いで応援しています。今度の大会も、いまだに勝利はありませんが、オールジャパンの真摯な戦いぶりにフラストレーションはあまり溜まりません。

 来週は予選最終試合、カナダ戦です。カナダなんてあんまし強いイメージないですが、世界ランクは14位で日本より上なんですよね(日本18位)。けど、勝利を信じて応援しようではありませんか。ちなみにテレビ放映は25日の夜中です。また眠いです。

2007年9月 7日 (金)

チンドン屋さん

 ひさしぶりに上京。

 議員会館へ寄ったあと、10月に予定している会合の打合せで、会場のある銀座へ。その他、ご無沙汰しているお世話になった先、何軒かご挨拶。夜は大学時代のサークル、選挙でも大変お世話になった「早大政治野人会」の面々と呑み会でした。

 高田馬場の駅前に「チンドン屋」さんがいました。

Dsc00096

2007年9月 5日 (水)

台風接近で古傷が痛む

 ふとしたときに、左のヒジのあたりが傷む。ここ数年のことなのだが、今夜もそうだ。

 小学校1年生の終わり、三学期の終業式を終えた日に、左手のヒジのやや上部を骨折した。複雑骨折で三週間の絶対安静。ベッドに寝たまま腕を吊り上げ、寝返りもできないような入院生活を送った。我慢の甲斐あって治療は完璧であったが、その骨折した場所がここ数年、冷えたり、低気圧の来襲時に痛むのだ。

 「古傷が痛む」というセリフは年配者がよく口にするもので、年を取ったときに顕れる症状か、ないしは治療技術の劣っていた時代の産物だと思っていたが、どうも認識が誤っていたようだ。

 台風が近づいて来ているが、台風も低気圧の一種で、大気圧が通常よりも低くなる。すると人間の身体に掛かっている圧力も、当然わずがながら低くなるため、それが循環動態や血液に溶解している気体の動態に影響を与え、それらの差異が倦怠感や傷が痛むという現象の因になる、というのが医学的見地からの解説らしい。

 理由はともあれ、なんとなく左ヒジが不自然な感じだ。

 十分にオッサンだということである。

2007年8月26日 (日)

カバホルダー

 家の中に、いたずらだか工作だかわからないものがしょっちゅう転がっている、ということを以前書いたことがあります。子供たちの作った妙なものが家のあちこちにあって、びっくりしたり楽しかったりします。

 今日もトイレに入ったら、ペーパーホルダーがカバになってました。

 Dsc00095

 わかります? 角にある青と黄色のビー玉が目で、丸くて穴があいてるのが鼻、だそうです。

 うーーん…。

 なかなかよくできている。僕はこんなのキライじゃない。

2007年8月20日 (月)

史上最高体重を記録

 太ってしまいました。人生最高体重65kgをマーク。ダイエットをしなければと真剣を考えております。

 東京に通っていた頃は、なんだかんだよく歩くし、問題はありませんでした。鳩山事務所をやめたあとも、ずっーと選挙活動ばっかりだったのでよかったのですが、現在の石関事務所にお世話になるようになり、通勤は車だし、デスクワークが多いし、事務所にあるおやつをつまんじゃうし、急に胴回りが気になりだしました。

 ズボンのサイズが変わるほどではありませんが、なんとなく苦しい感じ。もしやと思い久しぶりに体重計に乗ったところ、なんと65kg。これまで60~62kgで推移していたので、びっくりです。地元の付き合いも増えて、呑みに行く回数も多くなっているしなぁ。

 ということで、まじめにダイエットを始めることにしました。常連の陳宮さんもダイエットに挑戦中で、ミクシィで刻々と報告しているそうなので、僕もこのブログ上で宣言して、進めていこうかと。

 とりあえず先週なかばから、夕食後は何も食べないことにしています。間食もやめました。お風呂の前に腹筋やらスクワットをしています。「腹減ったー」が口癖になりそうですが、女房からは「まだまだ序の口」だと、厳しく指導されています。

 目標62kgですが、いつまでかかることやら。

2007年8月15日 (水)

尾島ねぷた祭

 お盆の恒例、地元尾島町のねぷた祭りに行ってきました。

 もう20年も続くこのお祭り、なんで尾島でねぷたなのか? とのご質問もよくあります。なんでも関が原合戦の際に津軽藩の殿様が行賞により尾島町大舘の土地をもらい、ずーっと津軽藩の飛び地として存在していたそうで、そんな縁から弘前のねぷたを招聘することになったのがはじまりとか。一応いわれがちゃんとありまして、昨今の「全国どこでもヨサコイ踊り」や「全国どこでもソーラン節」のような「はやりやまい」とはちょっと趣きを異にします。

Cimg2100  

 うだるような暑さの中、家族みんなで浴衣を来て、冷やかしに行って参りました。近所の人のあいだでは、もうちょっと飽きたという意見もあるようですが、人出は毎年増えている印象。今年もすごかったです。地元の大沢新知事はいらっしゃってたのかしらん。多分いたと思うのですが、あまりの人でちょっと分かりませんでした。

 

 

2007年8月13日 (月)

カブトムシを捕りにいきました

 何十年かぶりに、カブトムシを捕りにいきました。小学校6年までは間違いなく飼っていて、いや、中学1年か2年まで捕りに行っていたかなぁ、とにかく、多分25年ぶりくらいです。

 僕が最も頼りにしていた秘密の「木」はすでに伐採されていて、そこに行くことはできません。なので、子供の頃の定番スポット「ふたつ山古墳」に出かけました。早朝4時に起床、小学1年の娘と年中の息子を車に乗せて夜も明けぬ中、車を飛ばしました。

 実は、先週うちの庭でコクワガタのメスを見つけて、息子にあげたところ、たいそうな喜びようで、こんなに喜ぶのならカブトやクワガタもいればもっと楽しいだろうと連れて行くことにしたわけです。

 久しぶりのハンティングは興奮しました。けっこういい木はあるのですが、樹液が出ていません。ちびっ子を連れて一本一本辛抱強く見て回りますが、カナブン一匹いません。「昔とは違うのかな…」いい加減諦めかけたとき、なにやら懐かしいニオイが…。

 足場の悪い木の根元に、ブーちん(カブトムシのメス)が! おー、ここはいるぞ、と木の周辺を見渡すとさらにもう一匹ブーちん。マメタン(コクワガタのメス)もいた! ところが、興奮も束の間、それ以外はまったく収穫なし。もしかすると、すでに先客が来ていて、めぼしいところを捕獲したあとで、あまり人気のないメスについては手を付けずにおいたのかも知れません。

 でも、とりあえず子供たちは大喜び。内容はどうあれ捕まえることができたので、父親の面目もなんとか保てたというものです。

Dsc00094

 ↑カブトムシのメス。通称ブタ、ブーちん。

 それにしても、子供の頃、わんさか捕ったあの木があればなぁ。残念でなりません。子供達の夏休み、あと2週間。シーズンも終わりそうですが、もう一度、雪辱戦に行くかどうか、考えているところです。

2007年8月12日 (日)

ボウリング大会

 ときどき集まる中学校のときの同級生と、ボウリング大会&暑気払いを行いました。なんでボウリングなんだ!? という疑問はつのるばかりでしたが、楽しませてもらいました。

 社会人になってからはほとんどやった覚えがないので、たぶん15年ぶりくらいにはなろうと思います。その割りにスコアは悪くなかったのではないかと。2ゲームやって、154点と155点でした。

 僕の投げる基本は、ひたすら真っ直ぐ投げる。回転かけたりはしない。とにかく思ったところへまっすぐ玉が進むことだけを考えるプレースタイルです。なので、ボールが弧を描いて転がっていったり、玉のスピードが速いとか、そういう派手さはないので、カッコよくないです。それでも高校時代はもっとスコアもよかったし、波もないので、あんまし負けたことなかったですね。

 そのあとは暑気払いで一杯やって、昔話に花を咲かせて帰ってきました。急に決まった企画で、人数は少なめでしたが、大いに盛り上がりました。

20070812191215

↑同級生のゆきおくんと。

2007年7月14日 (土)

県警捜査二課から電話がありました。その後。

 県警から警告を受けて以降、このブログのヒット数が急激に増えております。今日はまた落ち着きを取り戻しておりますが、今週前半はいつもの十倍ほどのヒットを記録した日もあり、結果的に効果的な宣伝活動をしてしまったような状況です。

 中島政希さんや、法務に詳しい党員の方、からコメントをいただき、大変参考になりました。ありがとうございます。みなさんも是非コメント覧をご覧いただければと思います。ネットと選挙法の関係について、僕も自分なりの見解を示さなければなりませんが、選挙真っ最中ということもあり、なかなかまとまったことを書けず申し訳ありません。

 今日また、ネットと選挙に関わる、興味深い報道がありましたので、以下転記致します。参考にしていただければと思います。

=============================================

自・民が参院選公示後もHP更新、他党も追随の動き

 自民、民主両党が12日の参院選公示後も、党のホームページ(HP)を更新し続けていることが、波紋を広げている。

 従来、選挙期間中のHP更新は文書・図画の頒布や掲示を禁止した公職選挙法に抵触する恐れがあるため、各党とも自粛していた。他党からは追随する動きも出ている。

 自民党は公示日の12日、HPに「ニュース」として、東京・秋葉原での安倍首相の第一声の記事や写真、党三役の街頭演説の様子などを掲載した。民主党も12日に小沢代表、13日に菅代表代行の街頭演説の様子を掲載し、党幹部の遊説日程も更新している。

 05年衆院選では、民主党が岡田代表(当時)の第一声などを掲載したところ、総務省から「遊説内容を載せることは公職選挙法に抵触する恐れがある」と指摘され、その後は各党とも更新を控えた。公選法142条は、選挙運動期間中、法定のはがきやビラ、パンフレットを除き、「文書図画」の不特定・多数への配布・掲示を禁止している。

 今回、自民党は「特定の候補者名は出さないが、政党としては情報発信の義務がある」(広報本部)、民主党も「党幹部の演説内容を掲載することは、選挙運動ではなく、政治活動の一部だと考えている」(広報)と説明している。

 自民、民主両党の対応を受け、公明党は選挙期間中のHP更新は自粛するという当初方針を変え、13日午前から、公明新聞の記事を転載する形で太田代表らの遊説の様子を伝え始めた。共産党は13日付の党機関紙「しんぶん赤旗」の記事を引用する形で、志位委員長の第一声を掲載した。

 一方、社民党の担当者は「今後、他党の更新が問題にならなければ、更新を検討したい」と話す。

 総務省は「問い合わせがあれば説明はするが、主体的に取り締まることはできない」と話している。

(2007年7月14日0時19分  読売新聞)

==================================================

2007年7月 9日 (月)

県警捜査二課から電話がありました。その2。

 朝、8時前に県警捜査二課のホンダさんという方から電話がありました。昨日電話をくれた方のようで、県警の対応について一応謝罪をしてくれました。(昨日のブログ参照

 ホンダ 「7月5日のブログが公職選挙法違反の恐れがあるので削除していただきたい」

 僕 「削除する気はありませんが、何が問題なんですか」

 ホンダ 「内容が山本さんへの投票依頼と受け取られる箇所がある」

 僕 「投票依頼はしていませんが。その根拠は何ですか」

 ホンダ 「公職選挙法142条に抵触する」

 僕 「それは何ですか?」

  ホンダ 「公職選挙法の142条です」

 僕 「それって中身は何なの? 中身は自分で調べろってこと?」

 ホンダ 「ブログは文書の頒布にあたると思われます」

 僕 「いわゆる文書違反ですね。どこが問題なんですか」

 ホンダ 「投票の依頼をしていると思われる部分がある」

 僕 「文末の"よろしくお願いします"ですか? これは投票依頼ではないでしょう」

 ホンダ 「究極的には投票依頼だ」

 僕 「じゃあ、そこを直しましょう。あとは何が問題?」

  ホンダ 「山本龍という名前も消して欲しい」

 僕 「わかりました。名前を消して、投票依頼と指摘される部分を変更しましょう」

 ほんとうはもっとながーい会話でしたが、大略、こんな会話を致しました。釈然としませんが、一応このブログをアップしたあと、当該箇所を変更したいと思います。なお、念の為、東京事務所を通じて総務省に確認したところ、選挙部選挙課のナガオカ係長から、「支援の意思表明だけでは選挙違反とは言えない」との回答を得ました。

 選挙のネット利用については、現在法改正が議論されており、近い将来解禁に向けて法整備がなされるでしょう。今はその過渡期であり、さまざまな議論がなされている過程でもあり、明確な違法合法の判断基準はないとの見解もあります。しかしながら、選挙戦真っ最中の時期に、この程度のことで県警と議論をするのもなんですので、指導に従いたいと思います。

 僕は以前、県警捜査二課の違法捜査を受け、ヒドい目にあったことがあるので、従わずにいて、また家に電話があったりすると、女房がびっくりして、かわいそうですからね。

 せっかくなので、この機会にネットと選挙の関係についてもあらためて調べてみたいと思っています。

2007年7月 8日 (日)

県警捜査二課から電話がありました。

 なんだか物騒な話ですが、今日の夕刻、群馬県警の捜査二課からうちに電話がありました。外出中なので女房が対応すると、なにやらブログのことについて聞きたいとのこと。

 すぐに僕が帰宅したので、指示のあった番号に折り返し連絡を入れました。

 僕 「内線4232お願いします」

 女性職員「はい。…どちらさまですか」

 僕 「たじまです」

 職員「キタジマさん?」

 僕 「たじまです」

 職員「お待ち下さい。…何課にご用ですか」

 僕 「内線4232です」

 職員「ですから何課にご用ですか」

 僕 「内線4232だけじゃ足りませんか?」

 職員「今日は休日で誰もいませんから。」

 僕 「連絡しろと言われたから電話してるんだけど」

 職員「何のご用ですか」

 僕 「じゃいいです。あなたお名前は?」

 職員「フセガワです」

 僕 「もういいです。僕は電話したけどフセガワさんが休みだからと言って、取り次いでくれなかったということでいいですか」

 職員「結構です」

 ということで、電話を切りました。失礼な話だな、と憤慨しましたが、多分うちにあった電話は県警を名乗るイタズラ電話だったんですね。もし本当なら、ここにこうして書いておいたので、また連絡があると思います。そうしたらまたここでご報告します。

2007年7月 7日 (土)

早稲田フェスティバルin群馬

 早稲田フェスティバルという催しが高崎で開催されましたので、高崎の石川県議と一緒に行ってきました。今年は大学設立125周年ということで、いろいろ行われる記念事業の一環であると思われます。一説には、寄付金の集まりの悪い県を対象に、お祝い気分を盛り上げて寄附を募ろうという企画だとも言われておりますが、まずはなかなか楽しい会合でした。

 早大ラグビー部の中竹監督の講演会と、本庄早稲田高校・応援部の演武の披露というプログラムでした。写真は応援団の様子です。

Dsc00092

 カリスマ指導者・清宮監督の後任として監督に就任した中竹氏。指導者としての経歴もなく、決して一流プレーヤーでなかったと自認する彼が、大学ラグビーの頂点を極めたチームを引き継ぐことは、大変な苦労があったと思います。就任から一年の苦労を面白おかしく、教訓を随所にちりばめて後援していただき、大変参考になりました。

 僕も、高校時代は一応ラグビー部でしたからね。今もラグビー観戦は大好きですから、本当に楽しめました。「情報とは多寡を競うものではなく、正しい判断をするための道具に過ぎない」というようなことを言ってました。言い回しは違うけど。ひとつくらいは忘れずに覚えておいて、今後の生き方の参考にします。

 運営されたスタッフ、諸先輩のみなさま、お疲れ様でした。

2007年6月20日 (水)

咢堂

 憲政記念館へ行って来ました。仕事で上京を致しまして、といっても別に大仕事ではないので時間もあり、ともに上京した同僚のY秘書が憲政記念館へ行ったことがないということなので、一緒に行くことにしました。僕も久しぶりです。

 記念館に併設する「尾崎行雄財団」の事務局には先週も寄ったんですが、記念館のほうは学生時代以来入っていません。十数年ぶりです。

 出迎えてくれるのは尾崎行雄(咢堂)像。

20070620145030

 大政翼賛会選挙も非推薦で勝ち残り、25回の当選を誇る、いわずと知れた「憲政の神様」であります。東京市長時代に送ったポトマック河畔の桜でも有名ですね。

 憲政記念館は、帝国議会開設から現代の政治に至るまでの歴史を、様々な展示品やビデオで紹介してくれ、マニアにはたまらない空間となっております。政治を学ぶ若者は是非一度足を運んでいただきたいところです。ついでに行った僕も大変楽しめました。

 場所は国会の正面入り口の向い側です。参観無料ですので、是非どうぞ。

2007年6月14日 (木)

ちょっと四万温泉へ

 ロングドライブの際、もっとも気分が良いのは、ラジオからちょっと懐かしめの曲が次々に流れてくるシュチエーションなんですが、今日はまさにそんな感じでした。

 四万温泉で行われた会合へ代理で出席のため車を走らせました。四万温泉までのちょっとしたロングドライブが、ラジオのおかげで期せずして楽しい時間となりました。

 NHKFM「歌謡スクランブル」、僕が子どもの頃からやっている番組で、今日は80年代から90年代前半の悲しい感じのラブソングの特集だということで、懐かしい知っている曲ばかりが流れ、楽しいひとときでした。歌謡スクランブルはDJも抑制的で曲を前面に出した構成なので、ドライブにぴったり。こういうときは、流行りの歌より、少し前の歌謡曲がいいんですよね。

 流れてきたのは「そして僕は途方にくれる」「慟哭」「言えないよ」「I Love You SAYONARA」…、あー、みんな歌える歌ばっかし。「リフレインが叫んでる」なんて、前奏聞くだけで切ない気持ちになるっす。

 時代は80年代ブーム。
(たぶん、そうです。今は80年代ブーム。この件はまた稿を改めます)
こんな、楽しく歌える歌がちまたに増えるといいなと感じました。年寄りみたいだけど。

2007年6月12日 (火)

音羽御殿

 久しぶりに上京しました。仕事で。

 東京都文京区に鳩山会館という、鳩山家四代の居宅があり、そこへ研修で立ち寄る群馬の団体がございまして、その接待といいますか、お出迎えに行ってきました。私も鳩山ファミリーの末端を穢すものとして、ガイドのマネごとなどをしようということであります。

 年配の人は「音羽御殿」といえばよくご承知だと思いますが、若い人はあまり知らないかと思います。鳩山由紀夫さんや、お父上の威一郎外相や、一郎総理や、弟の邦夫文相らが住んでいた洋館のことです。詳しくはこちらをご覧下さい。

   http://www.hatoyamakaikan.com/

 御殿には何度も行っているのですが、実はそんなに詳しくガイドはできないので、今回は鳩山家にご縁の深い萩原さんという、永田町界隈では知る人ぞ知る方にご一緒していただきまして、僕も勉強させていただきました。天気も良く参加者のみなさんも大変喜んでいらっしゃいました。

 文京区方面へお出での際は、是非一度お立ち寄り下さい。面白いですよ。

 「こんな家にほんとに住んでた人がいたんだ、お掃除大変だろうなぁ」「畳の部屋が全然ないなぁ」とか自分の庶民感覚をご確認いただければと思います。

 

2007年6月11日 (月)

今さらですが、ゴルフ始めました。

 久しぶりの更新です。ご心配をおかけしますが、元気にやっております。

 先日、9日の土曜日、太田市大学交流チャリティーゴルフ大会に出場して参りました。これまでの人生の中で、ゴルフのお誘いは一切お断りをさせていただいており、たぶん生涯やらないんだろうなぁ、と思っておりましたが、このたび見事デビューすることになりました。

 というのも、選挙でお世話になったクボタさんのお誘いということで、断るわけには参りません。今までのポリシーをあっさり捨て、出場することになったのです。

 何度もゴルフに誘ってくれた友人達よ、いままで付き合わなくてゴメンね。僕は生まれ変わったから、今度は一緒にやろうね。

 ルールはファミコン仕込みで知ってます。「あした天気になあれ」も読んでました。クラブは20年以上前のオヤジのものを物置から引っ張りだしてきました。職場の仲間に指導を受け、3回に及ぶ練習場での特訓を経てのコースデビュー。練習は都合4時間という無謀な挑戦でした。目標130でしたが、結果は145回もたたく惨敗を喫しました。(でもペケではなかったです♪)

 ほぼ一日中雨という悪コンディション、一緒に回る大学の先輩にご迷惑をかけちゃいけないというプレッシャー、なかなか大変なデビュー戦でしたが、大変楽しくプレーすることができました。新しい挑戦というものは何でも素晴らしいものです。こんな機会を与えていただいてクボタ先輩ありがとうございます。また来年も頑張るっす。

 それにしても、まだ身体中が痛いです。

2007年5月21日 (月)

レジーナの森

 「選挙に勝っても、負けても、終わったら慰安旅行に行こう」という選対幹部で友人のクワハラ君の誘いがあったのが、選挙前の3月。5月頃には落ち着くだろうと、5/19、20で、キャンプ場を予約しておいてくれたので、おとといから一泊で、旅行に出掛けて参りました。

 予約も段取りもクワハラ君任せでしたが、彼曰く、日本一のキャンプ場だという、福島県羽鳥湖畔の「レジーナの森」というリゾート地に連れて行ってもらいました。彼の所有するバスのようなキャンピングカーでの旅で、子供達も大喜び。

 レジーナの森は、キャンプ場というかリゾートホテルで、クワハラ家はオートキャンプ場でトレーラーのようなキャンピングカーに宿泊ですが、うちはドーム式のコテージをとってもらいそこで泊まりました。キャンプというより、ホテルです。食事もレストランでブッフェスタイル、なかなかのご馳走ですし、スパもすごくきれいで、大満足でした。

 ちょっと天候には恵まれませんでしたが、是非また来たいと思うリゾートでした。それに気心の知れた友人家族との旅行は大変楽しいものでした。選挙後のことをこうして考えてくれていたクワハラ君の友情に感謝です。

 癒されて帰ってきましたので、今週も頑張ります!

2007年5月16日 (水)

就職しました

 落選後の生活についてみなさまにご心配をいただいておりましたが、伊勢崎の衆議院議員・石関たかしさんの秘書として働くことになりましたので、謹んでご報告申し上げます。

 選挙後すぐに石関先生から、地元事務所に入って欲しいとのお話があり、大変ありがたいお誘いなので謹んで拝命致しました。職を失って困っている僕に、「うちに来ませんか」ではなく、「来て下さい、お願いします」というように、礼を尽くしてお誘いしてくれるところが、石関代議士の出来たところです。立場も公設第二秘書というかたちで礼遇して下さり、恐縮しています。

 自分の残務処理などと並行しながら、4月中にすでに伊勢崎事務所に出入りをしておりましたが、GWも明け、いよいよ本格的に勤務するようになりましたので、遅ればせながらブログ上でも発表させていただくことに致しました。

 毎日、伊勢崎まで元気に通っておりますのでご安心下さい。また、ご近所にいらっしゃるときは、是非石関事務所にお立ち寄りいただければうれしいです。

 石関代議士に尽くすことで、選挙にお世話になった方々へのご恩返しをしたいと思っています。事務所での仕事については、ときどきここでご紹介できればと思います。

2007年5月 9日 (水)

タカラさんありがとう

 キューステアというおもちゃをご存知だろうか。

 ロングセラーのおもちゃ「チョロQ」のラジコン版である。驚くなかれ、チョロQと同じサイズでラジコンなのだ。前進、右折、左折、はもちろんバックも可能、フルアクションの完全なラジコンだ。

 ラジコンと言えば、子供時代あこがれの的。僕もお年玉を使ってはじめて買ったときの感動は今でも忘れない。たしか5千円くらいのランチア・ストラトス。コントローラーがハンドル式のやつだったけど、左右に曲がれるのはすごいことだった。左折しかできないタイプの製品もザラだった時代だ。バックなんて夢のまた夢。

 それが、わずか数センチの大きさしかないキューステアがバックもできるなんて…。その上値段がなんと、1280円! 安い!!

 ということで買ってしまいました。子供用ではない、僕用。

Dsc00091

 見よ、消しゴムと比べたこの小さなボディを。コントローラーだって片手で包めるほどだ。車種はチンクチェント。カラーリングもきれいにできていて(その上これはルパン三世バージョンのカラーリングではないか!)、これで1280円! すごい! サスペンションも効いている。日本のおもちゃはここまできたかと、夜毎室内を爆走させては悦に入っています。

 思えばチョロQがデビューしたのは確か僕が小学校5年の頃。初めて買ったのはフェアレディZで、380円くらいだったはずだ。以来30年。こんなに長い間楽しませてくれて、タカラ(現タカラトミー)さんどうもありがとう。

 こんなものを真面目に開発して、安価に流通せしめた努力に敬意を表せずにはいられない。ブームのきざしあり。騙されたと思って買って見て下さい。ハマるよん。

 

2007年5月 7日 (月)

早立戦でさいとう君を見ました。

 ご無沙汰をしております。

 なかなかプログを書かなくて申し訳ありません。ご報告できることと、まだできないこととありまして、暫く更新をサボっておりました。が、おかげさまで元気に活動しております。

 ゴールデンウィークですが、前半は仕事やら身辺整理やらをしました。家の片付けに、庭の掃除や草むしりなど、半年間ほったらかしにしておいたので、雑用が山ほどたまっていて、大変です。まだ片付きません。

 でも片付けばかりでもくたびれますので、連休後半は久しぶりに余暇を過ごさせていただきました。子供とゆっくり遊んで、買い物もして、おとといの5日の日には上京して六大学野球も見てまいりました。

 選挙を手伝ってくれた大学時代の友人にご挨拶に行くための上京ですが、せっかくなので対立教大学戦を観ようということで、モーレツな日差しの中、外野席でビールを呑みながら久しぶりにだらだらした時間を過ごしました。試合のほうは、9回二死満塁からリリーフで斉藤ゆうちゃん登場。翌日の先発だと予想で、出てこないだろうと思っていたので、交代のアナウンスが流れたときは盛り上がりました。たった4球で見事おさえました。遠いので米粒ほどにしか見えませんが、よい記念になりました。

Dsc00090

 夜は夜で、反省会という名の呑み会。同志のみなさん、あらためてありがとうございました。楽しい休日でした。

2007年3月17日 (土)

ンガクックッ

 往年のサザエさんファンならば、誰でも知っているフレーズがある。番組のエンディング、サザエさんがにこやかに手を振り、「来週もまた見てくださいね」、そしてそのあと、手にしたお菓子を空中に投げ上げてほおばり、「ンガクックッ」。

 誰もが一度は見たことのあるこのシーン、子供がマネをしてお行儀が悪い、のどにつまらせたらどうするんだ、などのくだらない抗議に屈し、今では「ジャーンケーンポン」という、サザエさんとのジャンケン遊びに切り替わってしまっている。

 世代間ギャップの話しで、最近話題になってばかりの書生タニウチくんですが、この「ンガクックッ」を知らないという。

 別に知らなくてもいいんだけど、あーそーなんだー、知らないんだー、とかなり感心してしまいました。みなさんも身の回りの人に、知っているか否か聞いてみて下さい。意外と世代の断絶を感じるかも。 

 明日は、大事な鳩山幹事長街頭演説会ですが、最終の準備とチェックを進める事務所内で、若者に「ンガクックッ」を説明するため、身振り手振りで指導する僕の後輩の姿。夜遅くまで、ンガクックッの声が響き渡る田島事務所でした。

2007年3月13日 (火)

ルゴール液

 昨日も今日もひどいからっ風で、体中ほこりだらけ、砂だらけです。いよいよノドもやられました。僕は扁桃腺がすぐ腫れるので、気をつけてはいるんですが、ちょっと赤いです。

 同じく扁桃腺が弱い父が、「むかしルゴール液という消毒薬があって、それがよく効くんだ」というもんで、今でもあるかと薬屋さんへ走ったところ、ありました。ルゴール液。脱脂綿につけて、直接ノドに塗るというものですが、僕は嘔吐反応がはげしく(オエッてなりやすい)、とても塗れません。

 なので、スプレー式の「のどぬーるスプレー」みたいなやつの容器に移し替えて、ノドに直接噴射することにしました。たぶん、のどぬーるスプレーも同じような成分の薬なんだろうけど、より濃いほうが効く気がします。

 早く寝ます。

 おまけ。ひどい風の写真。

 Dsc00087

 畑の砂を巻き上げる砂塵です。見えますか? 一面茶色に染まっています。

 ♪黄砂に吹かれて きこえる歌は 忘れたくて 忘れた なくしたくて なくした つらい恋の歌   by工藤静香

 って、思わず歌ってしまいますが、若き書生タニウチくんは、この歌も知りませんでした。残念なことです。

--- 書生タニウチの修行日記 ---

書生タニウチくんのブログです。 http://ameblo.jp/ryota-taniuchi/

 

2007年3月 2日 (金)

世良田東照宮

 世良田方面へ行ったので、東照宮へ立ち寄って必勝祈願をしてきました。東照宮といえば、日光東照宮がすぐ思い浮かびますが、家康公やその縁のある神社はみんな東照宮だということで、全国で100以上あるそうです。

 世良田東照宮については、得意のWikipediaの説明を借りることにします。「この地は新田氏の開祖新田義重の居館跡とされ、隣接する長楽寺は義重の供養塔もあり、歴代新田氏惣領が厚く庇護を与え、大いに栄えていた。関東に入った徳川氏は、新田氏から分立したこの地を発祥地とする世良田氏の末裔を自称していたため、徳川氏ゆかりの地とされた」ということです。

 公園のような長楽寺の境内の様子。銀行員時代は、よくこの辺りに車を停めて昼寝をしました。

 Dsc000822

 これが東照宮の本殿。質素です。

 Dsc000812

  稲村ケ崎に刀を投じる新田義貞。

 Dsc00079

 タニウチくん、記念撮影。

 Dsc00080

 告示まであと27日。のん気なことしている場合かとお叱りの向きもあろうかと思いますが、忙中の閑、ここはご容赦。

2007年2月28日 (水)

麦ふみ

 うちの書生さんタニウチくんと、毎日ジェネレーションギャップを感じる会話に興じている昨今ですが、今日の会話の中で、タニウチくんは「麦ふみ」を知らないといいます。

 僕も農家の生まれではないので経験はないですが、麦は踏むことで根張りがよくなることは知っています。最近は足で踏む光景はさすがに見ませんが、ローラー状の道具で作業をしているのはよく見かけます。

 文部省唱歌「冬げしき」に出てくるだろ、と説明しましたが、「冬げしき」も知らないそうです。

   ♪さぎり消ゆる 港えの
    舟に白し 朝のしも
    ただ水鳥の 声はして
    いまださめず 岸の家

    からす鳴きて 木に高く
    人は畑に 麦をふむ
    げに小春日の のどけしや
    かえりざきの 花も見ゆ

 あぁ、確か歌詞が難しい歌は教えないことにする、という文部省のわけのわからない方針があって、こうした文語表現が入っている歌などは教科書から葬り去られたんだった。難しいことを学ぶのが学習だと思うのですが、「麦ふみ」などという行為は現代社会の若者に理解させる必要はないとの文部官僚の判断により、タニウチくんも名曲「冬げしき」を歌わないまま成人してしまったわけです。いわば、文部行政の犠牲ですな。

 タニウチ 「米は田んぼで、麦は畑ですよね」

 僕 「そうだよ」

 タニウチ 「二毛作の場合、田んぼに麦を蒔くんだから、そこは田んぼじゃないんですか」

 僕 「いや、多分、田んぼと畑の区別は、場所の問題ではなくて、水を引いてあるかないかという、そのときの形状によるんじゃないの」

 タニウチ 「じゃ、地図に表記されるとき、二毛作の場合は田んぼの記号になるんですか、それとも畑の記号になるんですか?」

 僕 「きっと、メインの作物がどちらかということじゃない? フツーは米が主で麦は従だから、地図の記号は田んぼだよ(そんなの知るか!)」

 げにまっこと、楽しい会話であります。

--- 書生タニウチの修行日記 ---

そのタニウチくんのブログです。 http://ameblo.jp/ryota-taniuchi/

2007年2月22日 (木)

黒いヤキソバと言えば…。

 書生のタニウチくんのリクエストで、名物のやきそば「岩崎屋」へ行く。太田市はなんだか「やきそばの町」宣言をしていますが、その牽引役が僕のふるさと石橋町にあるこの岩崎屋さんです。

 一度食べたら忘れられない味。こちらがその写真。

Dsc00077

 うどんのように太く、色は黒く、見たこともないような形状。味の好みは分かれるとして、オリジナリティの高さは抜群です。近所のものにとっては慣れ親しんだお馴染みの美味さです。

 昔ながらの商店街が衰退している理由のひとつに、「駐車場がないので人が来ない」というのがありますが、岩崎屋さんは、駐車場のない時代から、やたらに盛ってました。そして今では誰もが知っている大店となり、駐車場なんて商売繁盛の絶対条件ではないことを証明したわけです。岩崎屋さん恐るべし。

2007年2月21日 (水)

保育参観

 昨日のことですが、娘・さくらの保育参観にちょこーっと顔を出してきました。寸暇を惜しんでの政治活動中ですが、娘ももうすぐ小学生ということで、幼稚園最後の姿でも見ておこうかと思い、冒頭の10分間だけ見学しました。

 元気に歌を歌っている様子を見るだけで、「大きくなったなぁーー」と不覚にも涙が出そうになります。

 最近は忙しくてゆっくり遊んであげるヒマがないので、悪いなぁという思いもあって、立ち寄ったわけですが、娘がとてもうれしそうにするので、無理しても来て良かったと思いました。

 ところが、うっかり幼稚園に行ったため新たな課題が。

 「今日お父さんが幼稚園に来たよ!」ということを姉に聞かされた年少組の長男はるか、「はるちゃんの時も来てくれるかなぁ」と、楽しみにしているという。

 聞いてみると年少さんの保育参観は明日の予定だとか。えーっ、また行くの?そんなヒマないよー。

 けど、姉弟は平等にしないとね…。かた一方だけ特別扱いするわけにはいかないし。明日かぁ。忙しんだよなぁ。また顔出して、先生や他の保護者の皆さんにヒマだと思われるのも何だし…。

 はるちゃんが今夜おねしょをしなかったら行くことにしよう。そうだそうしよう。

 

2007年2月20日 (火)

悪源太義平

 政治活動を報告するブログとは思えない今日のタイトル。僕の住む旧尾島地区、その中の世良田町に清泉寺という小さなお寺があるのですが、そこに「悪源太義平」(あくげんたよしひら)の墓があります。

 僕も最近知ったのですが、世良田方面へ行くときは是非立ち寄ろうと楽しみにしていたスポットです。清泉寺は普通の民家と間違ってしまうような作りのお寺で、義平の墓を弔うためだけに存在しているようです。

 どうして義平の墓が尾島町にあるかというと、その前に義平のことを説明せねばなりません。面倒なのでWikipediaの説明を援用すると、「平安時代末期の武将。源義朝の長男。源頼朝・源義経の兄にあたる。1155年、叔父(義朝の弟)の源義賢(木曽義仲の父)と父の義朝が対立し、義賢の居館(埼玉県嵐山町)を急襲、これを討ちとって武名を轟かせた。これ以来、「鎌倉悪源太義平」と呼ばれるようになった。この場合の「悪」は「強い」「猛々しい」という意味。平治の乱では弟の源朝長、頼朝と共に参戦。『平治物語』はこの戦での義平の縦横無尽の活躍を描いているが、大勢では敗れてしまい、落ち延びる。その後、捕らえられ、六条河原で処刑された」という具合です。

 で、義平の妻が新田義重の娘ということで、やっと上野国に関係が出できます。義平の死を知った妻は京へのぼり、密かに首を持ち帰ってここ世良田の地に埋葬、剃髪して菩提を弔ったということです。

Dsc00076

 斬首されたときが二十歳だというのですから驚きです。むかーし、海音寺潮五郎の「武将列伝」で悪源太のことを読んだことがあります。選挙後、読み返してみたいと思いました。

 ちなみに清泉寺の山号は「義平山」。

2007年2月15日 (木)

パソコンストーリー

 昨年事務所を開設した当初、パソコンをどうしようか思案しておりました。絶対必需品だけど、買うと高いし、家のパソコンを持っていくのでは家での仕事が不便になるし…。

 多分、今どきは複数台パソコンを所有するのも珍しくないことなので、誰かのうちにきっと余ってるはずだ、と思い至り、友人・知人に聞いて回ることにしました。

 「パソコン余ってない? できればXP。」

 尋ねること一週間、ついに同級生オカダくんが自作パソコンを貸してくれることになりました。いやー持つべきものは友達だ!ありがとう!

 借りたパソコンを使用していると、別の同級生サクラギくんが、「そのディスプレイちょっと古いね。僕が17インチのやつ持ってきてやるよ」と言って、ディスプレイを貸してくれることになりました。友よ、ありがとう!

 ところが、先日パソコンが電源を入れても立ち上がらなくなり、壊れてしまいました。どうしよう…。借り物なのに…。申し訳ない…。

 貸主に状況を説明、本体を開いていろいろ調整してくれましたが、修復ならず。壊しちゃってゴメンね…。

Dsc00071 ←分解中

 謝る僕に対して、「いや、そんなことはいいよ。それよりパソコンがないと困るだろ。うちにもう一台遊びで使ってる自作パソコンがあるから、持ってきてやるよ」

 おーなんとカッコいいセリフ! オカダくんはすぐさま新しいパソコンを持ってきてくれました。写真のように、今度のは本体がシースルーになっているセクシーな機種です。

Dsc00070

 そんなわけで、今事務所には友人のご厚意の賜物であるパソコンが元気に動いています。パソコンだけではありません。僕の毎日の活動がこうした仲間や支援者の熱い思いで支えられています。感謝、只管に感謝です。

2007年2月 8日 (木)

ハワイウォーター

 今日は宣伝です。

 僕の事務所においてある「お水」についてご紹介します。

 「ハワイウォーター」というお水を設置しているのですが、これがスコぶる美味く、スコぶる便利なものでハマっています。

Dsc00061

 こんな形状のものでして、専用サーバーの頭に水のボトルが乗っていて、下のコックをひねると冷水やお湯が出てくる仕組みです。写真右にコンセントが見えますが、電気で冷水とお湯を作ってくれておりまして、お水はほどよい冷たさ、お湯はお茶を入れられるくらいの熱さとなっています。

 ボトルは無くなると電話一本で届けてくれるので、便利。

 「お水を買うなんて!」と思う方もまだまだいるかもしれませんが、一度使ってしまうとこの便利さに感激すること請け合いです。

 スーパーで2リットルボトルをまとめ買いしている人! 重たい思いなどしないで、配達してもらったほうがどんなに楽か。5ガロンのボトルなので、持ちもいいですよ。

 普及する前の携帯電話と同じで、使うまでは「そんなに電話することない」とか、「家の電話で十分」なんてほとんどの人が言ってましたが、一度使うと手放せなくなってしまうのと同じ。この水を一度利用しちゃうと、手放せなくなります。

 なんで、こんな宣伝しているかというと、このお水をハワイから輸入販売している会社の社長が、僕の同級生にして、選挙の参謀?であるKくんだからであります。このブログを見て興味を持った人、是非Kくんに問い合わせてみて下さい。

http://saltia.net/index.html  ← よろしく。

Dsc00060

 HAWAIIのロゴもかっこいいよん。

 Kくんとの関係を度外視しても、絶対おススメ。美味い、便利。事務所にお立ち寄りになった際は是非お試しあれ。 

2007年2月 6日 (火)

NPO法人・公共政策研究所

 僕の肩書きのひとつに、「NPO法人公共政策研究所 常務理事・主任研究員」というのがあります。このNPO法人について少しだけご紹介をしておきたいと思います。

 発足は平成14年、当初は「地域シンクタンク高崎国際センター」という名称でスタートしました。名前の通り、シンクタンクとしての活動を目的としており、特に「地域」としたのは、あくまで地域に根ざした研究をしようということで、挑戦的な概念だったと思っています。(その後名称の分かりづらさや、活動範囲の拡大から「公共政策研究所」に改称)

 所長には早稲田大学教授の多賀秀敏さんに就任していただきました。多賀さんは新潟県で市民活動や、NPO活動を広く実践指導してきた経験があり、「地域シンクタンク」の指導者としてはうってつけの人材です。

 実務面は、私の師匠中島政希さんが取り仕切り、私がそのサポートをしてきました。これまで私のかかわった代表的な活動は、群馬県警の不祥事についての研究や、倉渕ダムの研究などがあります。

 倉渕ダムについては、 市民団体から倉渕ダムの必要性について調査研究の依頼を受け、高崎国際センターが中心となって「倉渕ダム再評価委員会」を設置しました。宇沢弘文・東大名誉教授や河川工学の権威、大熊孝・新潟大教授らそうそうたるメンバーが倉渕ダムの必要性について多角的に検討し、ダム建設に替わる治水代替案を提出、後の倉渕ダム建設凍結へ大きな役割を果たしたことは、当時のマスコミでも大きく取り上げられました。

 この経緯については「倉渕ダム凍結への軌跡」(田島國彦著・高崎国際センター刊行)として、書籍にもまとめられました。

 一昨年の衆院選挑戦以降、政治活動が忙しく、研究活動はいささかおろそかになっておりますが、いくつか暖めているテーマがありますので、いつかまとめてみたいと思っています。NPO法人というのは、とかく「行政の下請け」的存在になりがちですが、「行政を監視する」という姿勢で活動できたらと思っています。

 実は一部マスコミから、僕の経歴や活動についての調査が行われているようでして、僕の関係者に対して問い合わせがあるようです。「本当に鳩山事務所にいたのか」とか、「NPO活動しているのか」とか、といった主旨のようですが、多分各候補者のあやしい経歴について調べているのだと思います。

 ちゃんと活動しているんですよー、ということを言いたいために書いてみました。

2007年1月29日 (月)

「インドの衝撃」

 NHKスペシャル「インドの衝撃」を見る。

 三夜連続の今夜は二回目。昨日は「わき上がる頭脳パワー」、今夜が「11億の消費パワー」、明日は「台頭する政治大国」と続く。

 昨日は、インド工科大学に代表されるインドエリート達がどのように生まれてきたかを詳しく紹介。これが最高に興味深い。有名な二桁の掛け算の暗記に代表されるインドの数学の教育法や、貧困から脱出するために学問に没頭する若者達の様子に圧倒された。

 工科大へ進むために学習塾の特待生になって勉強する若者が、貧困極まる村に里帰りするシーンでは、若者はいつか村に学校をプレゼントするのが夢だと語り、父親は「村人の将来はお前にかかっている」と激励する。年間5万円の収入しかない中、息子の受験料3千円を工面するためにジィちゃんの薬代も払えないという。

 こういう人達を相手にしてちゃかなわないと思う。もともと数学が得意といわれているインド、その上11億人という人口規模、さらには国策としてのエリート教育…。日本も相当性根を据えてかからないと、追い越される日は近いと感じた。いや、ソフト開発など一部の知的分野ではもうずい分負けているはずだ。

 今夜の放送は、中間所得層が増えて、消費を楽しむ人々が爆発的に増えているインドの現状を映していた。世界最大の民主主義国であり、景気が拡大すれば消費大国化するのは当然だと言えるが、われわれが想像する以上にその変貌は著しいようだ。

 近代日本とは、”日本が日本でなくなる過程であった”とすれば、消費生活を謳歌する今のインドの状況は”インドがインドでなくなる過程”にほかならない。

 毎日テレビばっかり見てのんきに過ごしているわけではありません。パソコンでデスクワークをしながら片手間に視聴しているわけですが、幸い明日も夜の予定はないようなので、楽しみ拝見したいと思います。お奨めですので、みなさんもご覧下さい。

 先週のNHKスペシャル「グーグル革命の衝撃」も面白かったなぁ。こういう番組を見せられると、受信料を支払うのもやむなしと思ってしまいます。

2007年1月27日 (土)

吉牛

 今日、久しぶりに吉野家の牛丼を食べた。BSE問題以降食べていなかった、というか販売していなかったので、本当に久しぶりだ。

 うまかった。。。

 なんでも最近はお昼時だけ販売しているらしい。僕は並盛に玉子というシンプルな食べ方が好きで、ショウガをちょっと乗せながらいただく牛丼は、なんともうれしい味だ。

 牛丼の代わりに豚丼という商品が各チェーン店で発売されたが、どれもいまひとつだった。生姜焼き風の味付けにすればいいのに、牛丼のテイストで肉だけブタというのはちょっといただけない。また、すき家でオージービーフを使った牛丼を販売しているのは知っているが、これもまたイマイチ。

 今日久しぶりにアメリカ産牛肉の牛丼を食し、アメリカ産にこだわる吉野家の見解は正しい、吉野家・天晴れとの思いを強くした。

 ちなみに、牛丼無きあとは、もっぱらカレーばかり注文する日々が続いたが、牛丼について言えば、僕は「すき家」派だが、カレーは吉野家に軍配が上がる。

  学生時代は、どこのチェーン店が美味いとか、どこの店が安いとか、更にはショウガはどこの店がいいとか、牛丼話だけで2~3時間は平気で討論できたものだ。そんなことを考えながら、食べる牛丼は青春の味、BSEも心配だが、また食べるぞ!

 

 さて牛丼とはまったく関係のない話だが、昨日、角田義一氏が参議院副議長職を辞任した。説明責任やタイミングの問題等あるが、国家の重職から退いていただいたことは、取り敢えず結構なことだと思う。

 外回りをしていると、この件が選挙の逆風になっている感じは意外としない。「若いあなた達が政治を立て直して」と言う主旨の激励が多い。不思議なものだ。

 僕が説明するまでもなく、世間では角田氏は古い政治の象徴と受けとめられているということのようだ。

2007年1月21日 (日)

金山同窓会

 母校、太田高校の同窓会「金山同窓会」の新年会へ参加してきました。毎年1月に行われているこの会、平均年齢60才以上と思われ、30才台の参加者は例年ほぼいませんが、私の学年は幹事のオカダくんの努力により、例年数名づつ参加しております。私もここ4~5年、毎年参加です。

 今年は選挙を控えているので、ご挨拶しなくちゃならない先輩が多数おりまして、あちこち回っては、出馬のご挨拶をさせていただきました。エラい人ばっかりで大変です。

 まずは会場で会った柿沼先輩と記念写真。

20070121150330

 同窓会の活動報告や、現在の高校の状況についての報告のあと、乾杯。そのあと毎年余興が披露されるのですが、これが例年ただ騒がしいだけで、あまり面白くない。(幹事のみなさんゴメンなさい)

20070121154607

 今年は、大泉町のサンバチームのみなさんのサンバ。

 なぜか、サンバ。

 ご挨拶回りしていても、騒がしくて、ろくに話しができません。

 サンバ!!

20070121155548

 最後は校歌、応援歌で〆。校旗も翻り、なかなかの迫力です。

 卒業後30年くらいすると幹事の順番が回ってきます。今年は高校31回卒業のみなさんが幹事でした。私達(高43回)の学年が幹事になるときのために、少しづつ参加者を増やしていきたいと思っています。

 さて、僕らのときは何を披露しようか…、私のとなりの席の団長(僕らの学年の応援団長・今年初参加)も、気合が入っていたみたいです。

 今年創立110周年を迎えるということで、毎年目標にしている「甲子園出場」「花園出場」「ノーベル賞獲得」、どれかひとつ頼みますよ、ご同窓のみなさん! 

 

2007年1月15日 (月)

岩松八幡宮

 外回りの途中、岩松八幡宮に立ち寄りました。「新田総鎮守」と大書された鳥居はなかなかの迫力です。

 岩松八幡宮は、「新田義重が山城国の石清水八幡宮に参拝した際、松の実を持ち帰ってこの地に蒔いたところ松の木がはえたので、岩松と地名を改め、この八幡宮を建てたと言われています。また、岩松八幡宮の境内には、新田義貞を祭神とする摂社新田神社があります」と、太田市のホームページには紹介されています。

 小さい頃、「郷土の歴史」みたいな本で、金山城の歴史を心躍らせて読んだ記憶がありますが、岩松氏といえば新田氏の傍流で、金山城を実質支配していた時期があり、知る人ぞ知る地元の豪族であります。その後、由良氏との攻防に破れ、金山城は由良氏の支配化に入るわけですが、「岩松氏」とか「由良氏」とか聞くと、その頃の記憶がよみがえり、なんだかワクワクします。

 かなりローカルなワクワク感です。

20070115231017

 どーですう、この立派な鳥居。本殿はかなりくたびれていますが、なかなか趣きがあります。生品神社と笠懸町鹿田の赤城神社とあわせて、新田の三大社とかなんとか称されるそうです。ほー。

 いよいよこのブログも「小さな旅」というか、「新日本紀行」みたいな感じになってきました…。尾島町は新田氏関連の史跡の宝庫ですからね。まだまだ紹介しちゃいますよ。

2007年1月 9日 (火)

赤城山雄姿

 田園風景の向こう、冬晴れに雄々しい姿を見せるのは赤城山でございます。群馬の東のほう、東毛地区に住むものにとって、ふるさとの山といえばやはり赤城山です。少し雪化粧をして美しい姿です。

 ちょっと分かりづらいですが、山頂部にちょっと雲がかかっています。これは赤城おろしが吹くサイン。風が強い日は決まって山頂に雲がかかっているんです。赤城おろしにさらされる地方に住んでいる我々は、冬晴れの日にこの雲を見ると、あぁ、今日も風が吹くねぇ、と思うわけです。

 今日はまあ、さほど吹きませんでしたが、赤城に雪が積もってるってことは、風が冷たいわけで、外回りは芯から冷えました。でも、赤城を遠望する農村風景は、とても美しく思わず撮影してしまいました。

2007010902

いよいよからっ風シーズンに突入。

はぁ~~、想像するだけで冷えるっす。

2007年1月 4日 (木)

中島家新年会

 夜、中島政希さんちで吉例の新年会。お正月に中島さんのお宅に訪問するのも、かれこれ16年になるでしょうか。子供連れで伺うことも多いのですが、今年は成人男子ばかりで、それも政界関係者のみなさんと楽しく一杯やらせていただきました。

20070104193201

記念写真です。

一番右は、石関たかし代議士。呑んでまーす。顔赤いっす。

次が僕。いまどき珍しいVサインで決めてみました。

三番目が、高崎市選挙区でともに県議選を戦う石川たかおさん。石川さんもけっこう呑んでるけど、全然変わらない。

一番左が中島さんの後援会長で弁護士の坂本さん。こうして見ると白髪が増えましたね。

ということで、民主党群馬県連改革派の面々です。石関先生の選挙経験談や、石川さんとお互いの活動の情報交換などして、有意義なひとときとなりました。お互い奮励精進して、この写真が将来貴重な一葉だと言われるように頑張りたいと思います。

2006年12月25日 (月)

勾当内侍の墓

 勾当内侍(こうとうのないし)の墓がうちの近所にあるよ、といっても、興味を持ってくれる人はあまりいません。郷土の英雄・新田義貞が、足利尊氏を追討するにあたり、勾当内侍にうつつを抜かしていたために、絶好のチャンスを逃したと太平記で描かれている女性です。

 新田義貞に冷たい太平記なので、史実かどうかはこの際問題にしません。第一、勾当内侍の存在自体もほんとかどうかあやしいといわれているのに、その墓が京都ではなくて、群馬にあるのだから、なんとも楽しいお話ではないですか。

20061225110724

 本日、ご挨拶回りの途中でお参りをしてきました。右が勾当内侍の墓。左が左中将新田義貞の首塚。町で作った説明書きには、勾当内侍の庵の跡につつじが咲いて、それを第9代館林城主松平(榊原)忠次が館林に移植、後のつつじヶ丘公園の発祥につながる…云々との解説がありました。

 ほんとかなー。ちなみにつつじヶ丘公園のHPには勾当内侍との関係は記されておりません。

 冬晴れの農村地帯、村はずれの、だーれも立ち寄らないような公園の隅にひっそりと佇んでおりました。

2006年12月15日 (金)

上京

 久しぶりに上京しました。鳩山事務所にて、近況報告やら残務処理やらをして参りました。地元で活動しているとき、鳩山由紀夫秘書という肩書きは選挙用のもので、ほんとは通っていないのではないかと、穿った見方をする人もいるので、ときどきはこうして上京するのも必要かも知れません。

20061215144315_1 

 証拠写真。鳩山事務所の窓から見える国会議事堂の様子。

 せっかく上京したので、夜は東京在住の仲間と「忘年会兼選挙対策会議」。

20061215211213

 参加者のひとりは、昨年の僕の衆院選のときのTシャツを着てくる熱の入れよう。こういう奇特な人、いや熱心な支援者に支えられ、ほんとうにありがたいことです。引き続きご支援を宜しくお願いします。

2006年12月10日 (日)

おゆうぎ会

 幼稚園に通う子供達のおゆうぎ会に行ってきました。

 うちの子の行く幼稚園は、年少、年中、年長、各4クラスあり、なかなかの大所帯なので毎年市民会館で行っています。今年は年長の娘と年少の息子のふたりが出場するので、着替えさせたり、ビデオ撮ったりと、大忙しでした。

 初めて参加する息子は、合奏でシンバルを担当。緊張した面持ち、小さな身体で一生懸命演奏する様子は、なかなか見ものでした。僕は大笑い、女房はうるうるしながら見てました。おゆうぎもしっかりできていて、とりあえずホっとしました。

 夏の花火大会では、盆踊りをちゃんと踊らなくて僕に叱られていましたが、ずい分成長したものです。

 年長の娘は、和太鼓とダンスに出場。これは家でいつも練習を見せられているので、まぁ安心して見学できました。

 年長さんは各クラスごとに和太鼓を演奏するのですが、これが大変素晴らしいんです。短期間によくここまでたたくことができるようになるなぁと、先生方の指導力の高さに感心します。本格的な太鼓で迫力もあるし、かっこいいです。

 まったくのプライベートな話題で恐縮です。ただただ楽しいだけのおゆうぎ会でした。

 午後は、ストイックにご挨拶回り。ちゃんと政治活動もしましたよん。寒くて大変でしたけど。

--- Information ---

私の政治活動のお手伝いをしてくれる、ボランティア、学生インターンを募集しています。少しの時間でも結構です、曜日や時間は問いません。お手伝いいただけるという方は、まずはメールにてご連絡下さい。田島くにひこ kuni_p@nifty.com

2006年12月 2日 (土)

だいこん

藪塚の冬の風物詩といえば、これ。

砦のように聳えたち、白壁のように連なるは、大根でございます。

写真が逆光気味で少しわかりづらいかも知れませんね。

藪塚方面をご挨拶回りしていると、よく見かける光景ですが、これだけ大掛かりなのは珍しいです。

200612011213192_1 

ここんちのは横に長いですが、庭にやぐらが組んである場合などは、高ーく上方に伸びているものもあります。

藪塚といえば、漬物なんです。

2006年11月29日 (水)

ヘビスリッパ

子供に癒やされるということは、よくあることで。

外回りから一旦帰宅し、コタツで一休み。30分くらいウトウトして、さぁ、また出掛けるか、と起き上がり、リビングへ行くと、僕のスリッパがなにやら化けている。

20061129221228

子供達曰く、「ヘビ」だとのこと。

ヘビ?

まぁ、とりあえず、これは楽しいスリッパだね、どうもありがとう。

ときどき部屋の中によくわからない工作やオブジェが並んでいることがありますが、そうした作品を見ると、疲れもとれるというものです。

2006年11月24日 (金)

太田稲門会

 早稲田大学の卒業生の集まりを「稲門会」と呼びます。太田地区に在住の早稲田OBで組織する太田稲門会の忘年会があり、行ってきました。

 稲門会の会合に参加するのは、10年ぶりくらい。平均年齢60歳超と思われる会合なので、若輩ものは末席でひっそりしていようと思っていました。乾杯が済んだので、端からご挨拶をしようと、まずはお隣の園田健司先輩(関東学園大教授)と話していたところ、幹事の久保田先輩から「候補者として紹介しますから」との、暖かいお言葉が…。

 あぁ、同窓とはかくもありがたいものかと。「秋山大先輩(元県議)を前にして大変恐縮ですが…」、とひとことご挨拶をさせていただいて、おかげさまで、その後はお酌をして回るのも大変回りやすく、居心地の良い会合となりました。

 正直、うるさ型の先輩からお小言のひとつもあるかと思いましたが、そんなことはまったくなく、激励やアドバイスばかりで本当にうれしかったです。30名足らずの席でしたので、すべてのみなさんとお話することもできました。

200611242053282

最後は校歌を高らかに歌い、お開きとなりました。

2006年11月 7日 (火)

サイエンスフォーラム

 昨日のことになりますが、鳩山由紀夫「サイエンス・フォーラム2006」が赤坂プリンスホテルで開催されました。

 毎年行っている催しで、いわゆる資金集めのための会合なのですが、政治資金パーティーとは違い、勉強会のスタイルとなっています。講師の先生を呼んで講演会を行い、そのあと鳩山代議士も登場して、トークショーというか、セッションというか、意見交換を行います。

 サイエンス・フォーラムという名称は、代議士が初出馬のときのキャッチフレーズ「政治を科学する」に由来するらしい。では何故政治を科学するのかというと、もともと代議士は理科系の人で、スタンフォード大学大学院出身の工学博士であり、当時専修大学で助教授の立場にあったからだということです。 

 原則として飲食なし。それで、会費は2万円。

 20061106161024

 飲み食いなしで、2万円のチケットを売る力というのは、すごい。私もいつかはそんな会合してみたいです。

2006年11月 5日 (日)

補助輪外し記念日

 来年小学校入学を控えた娘、まだ補助輪付きの自転車に乗っているので、「外す練習をしたい」、とせがまれていました。

 この三連休でなんとか時間を作らなければと思っていましたが、お昼に少し余裕があったので、家の前の路地で練習です。

 実は3~4ヶ月くらい前に、公園で練習したことがあったのですが、そのときは全然だめで半日やって諦めてしまったので、今日もちょっとやそっとでは無理だろうと思っていました。

 豈図らんや、補助輪を外して最初のトライで10メートルもこげるじゃないですか! 僕が軽くサドルのうしろを支えてやるだけで、ぐんぐん行っちゃいます。

 「できる!できる!」 何度か行ったり来たりしているうちにあっと言う間に乗れるようになってしまいました。夏にチャレンジしたときのあの苦労はなんだったんだ?

 多分、ぺダルを漕ぐ力が、あのときよりも格段に強くなっていること、そして補助輪を外したいという強い思いが彼女に蓄えられていたことが成功の要因だと思います。それにしても、子供ってほんのわずかの期間に急に進歩したり、大人になったりするわけで、その瞬間を見ることは親として最高の喜びだと思います。

 その後、娘は独習を続け、1時間後には、往来を8の字に行ったり来たり…。僕が補助輪外したときは、曲がれるようになるのに何日か時間がかかった気がするのに、やるじゃーん。これでもうひと安心。大きな宿題が終わって、ホッとしました。

2006年11月 3日 (金)

結婚記念日

 今日は文化の日。晴れの特異日で、気候もさわやか、一年のうちでも指折り好きな日です。

 日中は高崎事務所へ。県議候補の石川さんのお手伝いで、ポスター掲示の依頼活動をしました。

 夕方からは、自分の支援者の方と打合せ。

 さらにその後は、外溝工事の業者と打合せ。隣家との境界線に共同で塀を建てる話が進んでおりまして、最終的な交渉などを致しました。

 休日といえど結構忙しい一日でした。

 そして今日は、僕と嫁さんの9回目の結婚記念日でもあります。
 特別なことは何もしませんが、いつもよりちょっぴりご馳走が並んだ食卓で家族団欒です。
 お祭り好きの子供達が、歌を歌ったり、寸劇やコントを披露してくれて、楽しいひとときを過ごしました。

 結婚式は9年前の11月8日に行いましたが、入籍は「忘れないように」と文化の日にしました。

 さて、来年は10周年を迎えるわけですが、ちまたでは10年目には「スウィートテンダイヤモンド」なるものを女房に贈るという、めんどうな儀式があるようです。いつも苦労をかけているので、それくらいは世間並みにしなければ…。来年に向け、頑張ってヘソクリをしよう…。

2006年10月28日 (土)

夜明け

毎朝5時半に起床しています。

今年の秋は暖かいようですが、朝方は冷え込む日が多くなってきました。日の出の時間もずいぶん遅くなり、今は僕の起床と同じくらいです。二階の窓から、朝焼けを写してみました。

20061026053744

写真では美しさ半減ですが、朝日というのはなんとも神々しくありがたいものです。

拍手こそ打ちませんが、「今日もよろしく!」、くらいは心の中でつぶやいてしまいます。

真ん中に写っている森は近所の田端さんちの庭の木です。謂れやなんかは知りませんが、ただの庭木ではありません。かなりの巨木。

2006年10月11日 (水)

さらば大阪

大阪から帰って参りました。都合30日に及ぶ出張もとりあえず終了です。

選挙戦はこれからが盛り上がるところですが、人手のほうも足りてくるだろうとの判断で、僕のお手伝い終わりということです。特別難しいことをやっていたわけではないので、後は地元の後援者の方がやっていただければ大丈夫ではないかと思います。

大谷先生頑張れ!

----大阪エピソード番外------

毎日大阪で、小さなカルチャーギャップを感じて過ごしておりましたが、小さなネタをまとめて記しておきます。この情報の蓄積が今後大阪を旅する人の指針になることを祈りつつ。

①大阪では、駐車場を「モータープール」と呼ぶ。なんかカッコいいじゃん。関東では、例えば「山田パーキング」とか「三丁目駐車場」とかが一般的な呼称だが、彼の地では「山田モータープール」が普通。

②その一方で、やたら分かり易い表現も多い。

駅での表現。関東ではプラットホームを「一番線、二番線」と言うが、彼の地では「一番のりば、二番のりば」。おー、分かり易い。

事務所のとなりにあったレンタルビデオ店。返却ボックスの表記が「おかえりボックス」。おー分かり易い。

とあるマンションの自転車置き場。「こども用」と書いてある駐輪場のとなりに、「おとな用」。大人用もひらがな!、分かり易い。

中津小学校の前にあった看板。

Dsc00015

おー、なんと直接的な表現。分かり易い。

③割と有名なことだが、エスカレーターの並び方が関東と逆なので注意。関東では、歩く人は右側だが、彼の地では左側を歩く人のためにあける。頭では分かっていても身体がいうことを聞かず、エスカレーター前でついぎこちない動きをしてしまう。

④ねぎは浅葱(万能ネギ)しかない。

⑤玉子焼きは甘くない。

ほか、いろいろありますが、あまりに僕の政治活動と関係がないのでこれくらいにします。

2006年10月 3日 (火)

悲しいことがありました。

 僕の有力な支援者で、僕の師匠にあたる中島政希さんの後援会の婦人部長だった高瀬浩子さんがお亡くなりになり、本日ご葬儀に参列して参りました。

 高瀬さんとは15年来のお付き合いで、中島さんの厳しい政治生活をともに支えた同志でありましたので、この悲しみは表現のしようがありません。

 先月17日行われた後援会の会合でも、元気なご様子だったので、本当にびっくりしました。

 思い出は語りつくせないほどあります。高瀬さんとはどんな人かと言えば、中島さんの弔辞の言葉を借りれば「人の幸せをわがことのように願い、人の悩みをわがことのように一緒に悩む」方でした。

 他人のことをいつも本気で心配することのできる人、これは人として最も崇高なことであると思います。僕が前回の衆院選に出馬したときも本当に喜んで下さいました。

 ある街頭演説会の会場に駆け付けてくれたときは、僕の目の前で涙を流して応援してくれました。「お前頑張ったね。立派になった。よくやった」と何度も何度も、僕の手を握り締めました。群馬5区で選挙に出る大変さ、党内に足を引っ張る人達がたくさんいる状況を彼女に話したことはありませんでしたが、そんなことはすべてお見通しでした。僕がぶつかってる困難をよくよく理解した上で、一緒に苦しみ、励まし続けてくれました。

 恩返しをする前に逝かれてしまったことが悔やまれてなりません。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

2006年9月19日 (火)

帰阪

16日、17日、18日と地元活動を行い、18日夜の新幹線で大阪に帰って参りました。文字通り東奔西走、大阪での活動は本日でトータル14日目です。

大阪との間を行ったり来たりするのに、ちょっとだけ楽しみなのは東海道新幹線に乗ること。新幹線で、ゆっくり本を読んだり、お弁当を食べたり、寝たり、ほんの少し仕事をしたりするのは、なかなか楽しいものです。上越新幹線も悪くないのですが、今やただの通勤電車と化している上越新幹線と違って、東海道線は「旅情」があります。

さらに、上越・長野新幹線では走っていない車両に乗れるのが、これまた楽しい。上越・長野新幹線では、E1系、E2系、カモノハシと呼ばれるE4系など結構乗りなれていますが、300系や700系はまだ乗ったことがなかったので、今回の大阪出張では毎回新幹線移動を楽しみにしています。

そして、なかなか乗れないけどかっこよさNO.1はこの500系。

Cimg1913

1時間に1本走っているかどうかというこの車両。コストの高さと、居住性を無視したデザインのため、生産数が少なく、近く「のぞみ」としての運行は廃止が決定しているらしい。

なかなか出会えなくて、この写真を撮るのも苦労しました。

別に鉄道マニアではありません。写真を撮って帰ると息子が喜ぶので。

Cimg1914

「あさま」と「はやて」が並んでいるこの写真など、せがれ絶賛。

2006年9月13日 (水)

大阪滞在11日目

大阪ローカルのニュースより。

「ある旅行会社が、全国の観光地で食べ物がおいしいところはどこか、というアンケート調査を実施したところ、大阪は27位でした。大阪は食べ物がおいしいと言われながら下位にランクされたことについて、調査をした旅行会社では、『旅行者は大阪の食に対して期待が大きく、期待の割りに満足できなかった場合、反動として低い評価をしてしまう傾向があるのではないか』と分析しています。」

こんな主旨でこのニュース終わり。

へっ?

で、どこの観光地が上位にランクされたの? 札幌?仙台?

ふつー、ベストスリーくらい発表するんじゃない? 「やはり京都が上位にランクされました」とか。けど、大阪の人は自分とこの順位しか興味ないらしい。それも下位に甘んじてしまったことへの言い訳が中心。

なんか大阪っぽいニュースでした。

2006年9月11日 (月)

二度付け禁止

助っ人仲間のNさんに連れられて夜の梅田へ。大阪入りトータル9日目にして初めて大阪らしいものを食べました。

最初に行ったのが、日本一小さいたこ焼き屋さん。たたみ一畳にも満たない狭い店舗で、おばちゃんがたこ焼きを焼いてくれました。それをその場で立ち喰い立ち呑み。

写真の光っている男がNさん、隣は偶然会ったNさんの呑み仲間。このあと行動を共にすることに。

20060911193125_2

次に向かったのが、テレビなんかによく出てくる串揚げの店。カウンターに並んだエビやイカや野菜の串揚げを自分でとって、デカい容器に用意してあるソースに浸して食べる。このソースが「二度付け禁止」なわけ。テレビでは揚げたてアツアツのような気がしたが、この店のはすでに揚げてあって、みんな冷めている。なんか納得いかないなぁ。

「あっためて」と頼むと、愛想のカケラもないチャイニーズのバイトのお姉ちゃんが、どこぞへ持って行って、暖め直してくれるが、なんか釈然としない。

そのあとが、おでん屋さん。これもカウンターだけの店だが、今度はイスがあったのでひと休み。

さらに、Nさんお勧めの「美人ママ」のいる、これまたカウンターのみの立ち呑みの店。美人ママは、まぁ、別にふつー。

というわけで、4軒ハシゴしまして、かなり酔っ払いました。どこの店もNさんの呑み仲間というか常連さんがいるし、隣の人同士でとりあえずしゃべっちゃったりして、いかにも大阪っぽい、ディープな夜でした。

フォト
2009年11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

最近のトラックバック

無料ブログはココログ